日本ではともかく、アメリカでは「史上最高のテレビドラマ」といったら主に2つの名前が挙がります。一つは、日本でも人気のある『ブレイキング・バッド』。もう一つは、日本での知名度が非常に低い『THE WIRE/ザ・ワイヤー』。アメリカなどでは、しばしば『ブレイキング・バッド』と『THE WIRE/ザ・ワイヤー』を比較した議論が勃発します。
しかし、日本でこの2作を比較している人もほとんどいないようです。ここで少し両作品の紹介も兼ねてネタバレなしで共通点や相違点を見ていってみましょう。ここでは『ブレイキング・バッド』と『THE WIRE/ザ・ワイヤー』のどちらが優れているかという話をするわけではないので、出来るだけフラットに比較していきたいと思います。
『ブレイキング・バッド』と『THE WIRE/ザ・ワイヤー』の紹介
まずは、両作品の簡単な紹介をしておきましょう。2008~13年にAMCで放送された『ブレイキング・バッド』は、余命僅かの高校の化学教師が麻薬作りに手を染める物語です。ゴールデングローブ賞やエミー賞の作品賞を受賞し、最終回の視聴者数は1000万人を超えるなど、話数を重ねるごとに絶大な人気を博すようになった作品です。現在放送中のスピンオフ『ベター・コール・ソウル』も非常に評判が良く、多くのファンに愛されているシリーズになっています。
現在『ブレイキング・バッド』はNetflixで全シーズン配信中。『ベター・コール・ソウル』も放送済みのシーズン5までがNetflixで視聴可能です。
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一方、2002~08年にHBOで放送された『THE WIRE/ザ・ワイヤー』は、ボルティモアを舞台に警察や麻薬組織の攻防を描いたドラマです。放送当時はさほど話題を集めず、賞レースとは無縁だったものの、現代アメリカの問題をリアルに描いた作品として、後に評価が上がっていった作品です。オバマ大統領も好きなドラマだと公言しており、今日では『ブレイキング・バッド』と並び「史上最高のテレビドラマ」とも称されています。
現在『THE WIRE/ザ・ワイヤー』はU-Nextで全シーズン見放題配信中。Amazonプライムビデオでは有料配信されています。
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なぜ、『ブレイキング・バッド』と『THE WIRE/ザ・ワイヤー』を比較するかと言えば、この2つはずば抜けて評価が高いんです。これに並ぶのは『ザ・ソプラノズ』ぐらいでしょうか。IMDbでも、『ブレイキング・バッド』は星9.4/10、『THE WIRE/ザ・ワイヤー』は星9.3/10であり、テレビドラマ(リミテッドシリーズを除く)の中では1位と2位の作品になっています。
また、どちらもケーブル局(『ブレイキング・バッド』はAMC、『THE WIRE/ザ・ワイヤー』はHBO)である点や、原作がないドラマオリジナルのストーリーであるという点でも共通しています。
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共通点
1.麻薬絡みのストーリー
まず、『ブレイキング・バッド』と『THE WIRE/ザ・ワイヤー』のわかりやすい共通点として、どちらも麻薬絡みであることが挙げられます。とは言っても、『ナルコス』『オザークへようこそ』などなど麻薬絡みのドラマは山ほどあるので、さほど珍しいことではないかもしれません。
麻薬絡みとは言っても『ブレイキング・バッド』は麻薬作りから供給の話がメインであるのに対し、『THE WIRE/ザ・ワイヤー』は流通からストリートで売る話がメインになります。両方見れば麻薬の流通ルートが完璧に理解できるようになるでしょう。
2.話数
『ブレイキング・バッド』は全5シーズン62話で、『THE WIRE/ザ・ワイヤー』も全5シーズン60話なので、この2作品の話数はほとんど同じです。60話というのは、海外ドラマの中ではさほど長いわけではありません。人気がある作品だと、どこまでも話を続けていってしまうことも多いなか、両ドラマは話数を増やしすぎないことできれいにまとめ上げています。
そのおかげもあり、『ブレイキング・バッド』も『THE WIRE/ザ・ワイヤー』も最終話は特に高く評価されています。どちらも、シリーズ全体を素晴らしくまとめ上げているもので、これ以外のエンディングは考えられないだろうというものでした。
3.巧妙なオープニングシーン
ドラマでは終わり方が重要なのは言うまでもないですが、始まり方も重要です。その点、『ブレイキング・バッド』と『THE WIRE/ザ・ワイヤー』はどちらも印象的な始まり方をします。
『ブレイキング・バッド』は、白ブリーフを履いたおじさんが「My name is Walter Hartwell White」とカメラ目線で言う場面から始まります。とてもインパクトが強く、何が始まるのか興味を惹きつけられるオープニングシーンでした。
一方の『THE WIRE/ザ・ワイヤー』のオープニングシーンは少し地味。ある男の殺人現場で、刑事のマクノルティと被害者の知り合いが会話をしている場面から始まります。実は、この殺人事件は本編とほとんど関係がないのですが、彼らの会話はドラマ全体を貫くテーマを見事に暗示しています。詳しくはこちら。
4.役者陣の素晴らしい演技
『ブレイキング・バッド』のキャストも『THE WIRE/ザ・ワイヤー』のキャストも、放送開始当時はあまり有名ではありませんでした。それでも、彼らの演技はいずれもとても素晴らしく、現在は活躍されている方も多くいます。ここでは、代表的な2人を挙げておきましょう。
『THE WIRE/ザ・ワイヤー』から一人選ぶなら、ストリンガー・ベルを演じたイドリス・エルバでしょうか。麻薬取引をビジネスだと割り切り、冷静に事を進めるストリンガーはカッコ良かったです。イドリス・エルバは、その後に映画『マイティ・ソー』シリーズ、ドラマ『刑事ジョン・ルーサー』など数多くの映画・ドラマに出演し大活躍しています。
『ブレイキング・バッド』と言ったら、主演のブライアン・クランストンの鬼気迫る演技に圧倒されること間違いなしです。エミー賞主演男優賞を3年連続したのも納得。普通の中年男性が悪の帝王に変貌する様を演じきった彼の演技は、どれだけ賞賛しても足りないぐらいです。
5.脚本の妙
良い作品には、必ず良い脚本があります。テレビドラマの場合は、最終的な目標を持って脚本を書いていくというのはとても難しいことなのですが、『ブレイキング・バッド』と『THE WIRE/ザ・ワイヤー』についてはその点文句のつけようがありません。しかるべき展開に向けて、着実に物語は進んでいき、視聴者も確実に引き付けてしまいます。数多くの伏線や含蓄に富んだ台詞もあり、何度観ても楽しめる作品に仕上がっています。
相違点
1.田舎 vs 都会
『THE WIRE/ザ・ワイヤー』の舞台となるボルティモアは、メリーランド州最大の都市。ワシントンD.C.にも近く、多くの人が住んでいます。しかし、今は工業が廃れた街であり、アメリカでも有数の犯罪都市になっています。『THE WIRE/ザ・ワイヤー』では、金持ちのいる所からからスラムまで、ボルティモアの街が隅々まで描かれます。
一方、『ブレイキング・バッド』の舞台となるアルバカーキは、ニューメキシコ州にある田舎町です。そのため、広々とした砂漠の荒野も度々登場し、この景観もドラマを特徴付ける重要な要素になっています。
2.個人 vs 街
『ブレイキング・バッド』と『THE WIRE/ザ・ワイヤー』の最も大きな違いはこの点にあります。『ブレイキング・バッド』は、ウォルター・ホワイト及び彼の周辺の人々の物語です。一方、『THE WIRE/ザ・ワイヤー』に決まった主人公はおらず、むしろボルティモアという街を主軸にした物語と言えます。メインキャラクターの数に関しては、『THE WIRE/ザ・ワイヤー』は『ブレイキング・バッド』の少なくとも3倍以上はいるでしょう。
そのため、『ブレイキング・バッド』では主にウォルター・ホワイトの心理をとことん深堀りしていくのに対し、『THE WIRE/ザ・ワイヤー』は多くの人物を描きだすことで一つの街を構築していきます。この違いがある以上、2作に優劣をつけようとするのも意味がない議論だと思っています。
3.非現実 vs 現実
『THE WIRE/ザ・ワイヤー』は、その徹底したリアリティが高く評価されています。実際にボルティモアで新聞社や警察に勤めていた人たちが脚本を書いており、『THE WIRE/ザ・ワイヤー』ではそんな彼らが見た現代アメリカの闇の部分が垣間見られます。
一方、『ブレイキング・バッド』の高校教師が麻薬作りを始めるという設定はリアリティとはちょっと違います。正直に言って、そんな話はあり得ないでしょう。しかし、そんな非現実的な状況の中で苦悩するウォルター・ホワイトという人間の心理にはどこか現実味もあります。
4.ウォルター vs オマール
『ブレイキング・バッド』と『THE WIRE/ザ・ワイヤー』には、どちらもとても魅力的なアンチヒーローがいます。『ブレイキング・バッド』の場合は、もちろんウォルター・ホワイトです。持ち前の頭の良さを駆使し、敵を欺き倒していく様は痛快!
『THE WIRE/ザ・ワイヤー』には、オマールがいます。一匹狼のオマールは、麻薬売人たちから麻薬を盗み、不誠実な人間に対しては厳しく糾弾します。どちらのドラマも、このような魅力的なアンチヒーローを通して、観ている者の善悪の基準を激しく揺さぶってきます。
5.Tight, tight, tight! vs Sheeeeit!
『ブレイキング・バッド』と『THE WIRE/ザ・ワイヤー』はいずれも人気があるドラマであるため、それぞれよくネタに利用されたりするミームというものがあったりします。今回は、その中でも脇役が発したにも関わらず、印象が強すぎて作品を代表するミームになっている2つを紹介します。
『ブレイキング・バッド』では、メキシコ系の麻薬売人のトゥコがウォルターの作った麻薬を吸った瞬間に「Tight, tight, tight!」と言ってハイになる場面があります。このシーンはあまりにも面白く、『ブレイキング・バッド』の名セリフの一つになっています。
一方、『THE WIRE/ザ・ワイヤー』ならば上院議員のクレイ・デイヴィスが発する「Sheeeeit!」に勝るミームはないでしょう。ドラマの中で何度か繰り返されるこの発言は、およそその場の雰囲気に合わないほど面白いのです。ちなみに、クレイ・デイヴィスを演じたイザイア・ウッドロック・Jrは他の出演作品でも必ず「Sheeeeit!」と言っているらしいです。
他にも、『ブレイキング・バッド』では「Bitch.」「You goddamn right.」、『THE WIRE/ザ・ワイヤー』では「What the fuck did I do?」「Omar comin, yo.」も有名です。
自分が選ぶなら……
『ブレイキング・バッド』と『THE WIRE/ザ・ワイヤー』は、ともの異なった魅力を持つ素晴らしいドラマであることはわかっていただけたかもしれません。それゆえ、公平にどちらの作品が優れているかを決めることは不可能なのですが、個人的にどちらが好きなのかを言うのは構わないでしょう。
自分はこの2作品の中ならば、『THE WIRE/ザ・ワイヤー』の方が好きかな。最初の頃は正直、いまいちテンポが掴めずあまりノレなかったのですが、どんどんボルティモアの街に引き込まれていきました。
もちろん『ブレイキング・バッド』も面白かったのですが、もしかしたらこっちは自分がもっと人生経験を積んでからだと、さらに楽しめるのかなと思ったりもしました。