God is greater than the United States, and when the Government conflicts with heaven, we will be ranged under the banner of heaven against the Government.
神は合衆国より偉大である。政府が天と対立するなら、我々は政府に対抗して天の旗のもとに集うだろう。
- John Taylor, the President of the LDS Church in 1880
ディズニープラスで配信が始まった海外ドラマ『アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実』は、現実に起こったモルモン教徒の母娘殺害事件を基にした全7話のリミテッドシリーズです。今回は、実際の事件がどのようなものであったかも含め、ネタバレありで感想を書いていきます。
ドラマ『アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実』は、ディズニープラスで配信中。月額料金は990円(税込)、年間プランなら9,900円(税込)です。
基本データ
- 原題:Under the Banner of Heaven
- 放送:FX on Hulu(日本ではディズニープラスで配信)
- 公開日:2022年4月28日~6月2日
- 話数:7
- 原作:ジョン・クラカワー『信仰が人を殺すとき』
- 脚本:ダスティン・ランス・ブラック
- 主演:アンドリュー・ガーフィールド
- あらすじ:1984年にユタ州でモルモン教(LDS)の女性と幼い娘が殺された。被害者の夫は、その地域ではLDSの名家として知られるラファティ家の一員だった。
予告編
*海外ドラマ『アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実』はリミテッドシリーズなので、シーズン2はありません。
原作(河出書房)
登場人物/キャスト
ラファティ家
アモン(クリストファー・ハイアーダール)一家の主
ドリーン(ミーガン・リーチ)アモンの妻
ロン(サム・ワーシントン)長男
ダイアナ(デニース・ゴフ)ロンの妻
ダン(ワイアット・ラッセル)次男
マチルダ(クロエ・ピリー)ダンの妻
ロビン(セス・ヌームリック)三男
ジェイコブ(テイラー・サン・ピエール)四男
サミュエル(ロリー・カルキン)五男
アレン(ビリー・ハウル)六男
ブレンダ(デイジー・エドガー=ジョーンズ)アレンの妻
ジェブ・パイアリー(アンドリュー・ガーフィールド)刑事
レベッカ・パイアリー(アデレイド・クレメンス)ジェブの妻
ビル・タバ(ギル・バーミンガム)刑事
ジョセフ・スミス(アンドリュー・ブルナップ)LDS創始者
エマ・スミス(タイナー・ラッシング)ジョセフの妻
ブリガム・ヤング(スコット・マイケル・キャンベル)LDS2代目大管長
実際の事件の概要
ドラマ『アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実』は、実際の事件を取材して書かれたジョン・クラカワーのノンフィクション小説『信仰が人を殺すとき』を原作としています。ドラマ化にあたり、いくつか脚色されている部分もありますが、大まかな事件の内容は実話です。
創作されている部分は、主に刑事たちの捜査関係の事柄です。そもそも、パイアリー刑事とタバ刑事は完全に架空のキャラクターです。事件捜査の過程もいくらか異なっており、例えば子ども相手に事情聴取したり、刑事に銃が向けられたなどの事実はありません。ロンとダンが最後にカジノで逮捕されたのは事実です。このときではなかったものの、この後にロンがダンを殺そうとする事件も実際に起こっています。
事件の経過に関しては、例えばブレンダが教会に対して夫への不安を告白する手紙を送った事実はありません。ドラマの中では、アレンが税関連のトラブルで逮捕されたことがあるとされていましたが、実際に逮捕されていたのはダンです。ロン、ダン、ダイアナ、マチルダ、アレン、ブレンダらは本名ですが、他の登場人物は名前が変えられています。
逮捕されたロンとダンのその後のことを少し調べてみました。ダンは裁判で弁護人を付けずに自己弁護をしました。判決は有罪で、仮釈放なしの2回分の終身刑が下されています。ロンは、自殺を試みたものの一命をとりとめ、裁判では有罪となり死刑を宣告されています。その後、責任能力を巡っていくつかの裁判が行われたものの、最終的に死刑が確定しました。しかし、2019年にロンは78歳で獄中死しました。
ネタバレ感想
モルモン教には、ちょっとした思い出があります。高校のときの同級生と先生の一人がモルモン教徒でした。だからといって、何か信仰にまつわる話を聞いた覚えはないのですが。その頃は一夫多妻制の話も知りませんでしたから、モルモン教はキリスト教の一派に過ぎず、カルトとも思っていませんでした。
さほど敬虔な信者でもなければ、モルモン教でもまともな人がほとんどでしょう。なお、モルモン教というのは正式名称ではなく、末日聖徒イエス・キリスト教会が正しく、略称はLDSが良いようです。原理派は、fundamentalが頭にくっついてFLDSとドラマの中では呼ばれていました。これ以降は、その呼び方に倣いましょう。
事件の背景
ドラマは、LDSのパイアリー刑事が殺人事件の現場に呼ばれたことから始まります。そこには、女性と15ヶ月の娘の惨殺死体がありました。刑事は、ブレンダの夫のアレンをすぐに逮捕し、取り調べをしながら捜査を進めていきます。捜査を進める中で徐々に明らかになっていくのが、LDSの名家だったラファティ家の男たちが殺人事件を起こすに至った経緯でした。
LDSの最も基本的な教義の一つが、「女性は神権を持つ夫に対して従順でなければならない」という考えでした。このような男尊女卑の考えは、LDSに限らず色々なところで見られるものですが、これほどあかさらまに明言されているのには呆れてしまいます。ついには、殺人事件を起こすきっかけにもなっているほどです。
このような古臭い考え方に女性たちがいつまでも囚われているわけはなく、ブレンダは行動を起こし始めます。ロンとダンは、父親から引き継いだ家業が失敗したことを税金のせいにし、反政府活動を繰り広げます。LDSの教えでは、人の法よりも天の法(モルモン書)の方が重要であり、そのためた政府に対して反旗を翻すこともあると説いた先人もいます。
原理主義へ
ロンとダンは、どんどん原理主義に傾倒していきます。ダンは、ついに自分の娘にまで手を出そうとします。LDSの元来の教えでは、一夫多妻制が奨励されており、創始者のジョセフ・スミスには数十人の妻がいたとされています。最年少は14歳だったとか。それを自分でも実行しようとするダン、キモすぎ。
ロンは、妻に対して暴力を振るうようになります。教会では異端とされるFLDSに傾倒したことで、ダンとロンは破門されます。それでも2人の暴走は止まることはありません。ダンを唯一の選ばれし予言者だと持ち上げ始め、血の償いをするべき人々のリストを作ります。
そのリストに載っていたのがブレンダとその娘でした。ブレンダは、姦淫の罪、すなわち彼らに言わせれば、夫に従順ではなかったことの罰として血を流すことになります。そんな規則があることが理不尽すぎますし、その程度のことで殺されなければならないのも理不尽です。酷すぎる。
忌まわしき歴史
ドラマでは、同時進行で、LDSの創始者であるジョセフ・スミスの人生やそれ以降のLDSの歴史も描いています。注目すべきは、ジョセフ・スミスが一夫多妻制を教義としたときの出来事です。ジョセフ・スミスは天から一夫多妻制を啓示を受けたと言っていましたが、妻のエマはそんなことは信じていません。単にジョセフがたくさんの女性と関係を持ちたいから言い出しただけではないかと疑っています。しかし、妻は夫に逆らうことはできないので、結局、これはLDSの教えに組み込まれています。
おそらく、このあたりの話は一般見解ではなく、ドラマとしての主張を多分に含んだものだと思います。それでも、私は納得しました。私は無神論者なので、天からの啓示というものを信じていません。つまり、ジョセフ・スミスが天から受けたという言葉は、すべてジョセフがでっち上げたものだと思っています。であれば、ジョセフ自身の男としての欲から、LDSの教義があからさまに男尊女卑の考えを含んでいると考えても、なんら不思議なことはありません。
LDSはカルトなのか?
では、果たしてLDSはカルトなのでしょうか? 注意しなければならないのは、今回の事件は原理的な考えによって引き起こされたものだということです。一夫多妻制などは、現在のLDSでは明確に禁止されています。その成立過程においては、異教徒の大量殺戮など血塗られた歴史もありますが、これはキリスト教やイスラム教、仏教などでも同じことです。
刑事のパイアリーは、最後までLDSを抜け出すことはありませんでした。その代わりに、少しLDSから距離を置くようになっています。彼は、おそらく今後は妻に対して威圧的な態度を取ることもないでしょう。少なくとも、神権がどうのこうのと言い出すことはないと思いたいです。
現在のLDSはカルトではないと個人的には考えています。妻が夫に従うべきだとの考え方だって、今の世の中では全く通用するものではないでしょう。現在のLDSは、白人だけではなく他の人種の加入も認めています。カルトならカルトということでも良いですけどね。どちらにしろ、自分はLDSを含めいかなる宗教にも絶対に深入りしたいとは思えませんから。特に、このドラマを観た後では。