海外ドラマパンチ

海外ドラマ最新情報・紹介・感想

当ブログではアフィリエイト広告を利用しています

アンソニー・ホロヴィッツ著『ナイフをひねれば』感想&解説|人気作家が批評家に怒って刺殺してしまった!?

 毎年、秋になるとアンソニー・ホロヴィッツの新刊が出るのが恒例のようになってきました。2023年の新作は、<ホーソーン&ホロヴィッツ>シリーズの4作目となる『ナイフをひねれば』です。今回は、その解説とネタバレ感想をまとめました。

関連記事:アンソニー・ホロヴィッツ作品をさらに楽しむための『刑事フォイル』基礎知識 - 海外ドラマパンチ

 

 

実際の『マインドゲーム』

 <ホーソーン&ホロヴィッツ>シリーズといえば、作者のアンソニー・ホロヴィッツが登場するだけでなく、本人の経歴や最近の出来事がすべて作中に反映されているという、メタ的な構造を持っています。

 

 本書の中で大きく扱われる舞台の『マインドゲーム』は、あとがきにも書いてあるように、実際に存在するものです。1999年に初演され、2008年にニューヨークのオフブロードウェイでも上演されました。2018年には、ロンドンで再上演が行われています。

 

 本書の内容は2018年頃の出来事ですが、ヴォードヴィル劇場で上演されたのは2000年です。つまり、1999年から行われた上演の設定を2018年に移してきたということです。

 

 舞台『マインドゲーム』のレビューは、いくつかインターネット上でも見つけられました。本の中では酷評されていましたが、実際にはどうだったのでしょう?

 

"to be frank this is a load of old cods wallop!"

"正直に言ってバカバカしすぎる"

- London Theater

 

"so goofy it's almost fun"

"くだらなすぎてもう少しで笑ってしまうほどだった”

- Variety

 

"patently modeled on hit plays of yesteryear"

"明らかに往年のヒット作を真似したもの"

- The New York Times

 

"the West End gets Mindgame which really isn’t West End quality."

"ウエストエンドはウエストエンドのクオリティにはない『マインドゲーム』を上演した"

- LondonTheater1

 

 はい。本の中で書かれていたのとまったく同じように酷評されていました。Varietyの評に関しては、そのまま引用されています。おそらく、本の中で引用されたいた他の評も実際のものなのでしょう。ちなみに、被害者となるハリエット・スロスビーが所属していた≪サンデー・タイムズ誌≫は実在しません。

 

 こうなってくると、『ナイフをひねれば』という本は、自分の劇を酷評した批評家たちへの復讐のようにも見えてきます。アンソニー・ホロヴィッツ自身が劇評に怒って殺人を起こすことはなかったものの、本の中で殺してしまうとは、なかなかダメージが大きかったのかなと勝手に考えてしまいます。

 

 

登場人物のモデル

 本作では、舞台に出演している俳優たちが主な登場人物になっています。彼らのプロフィールはかなり詳細に書かれており、しかも過去の出演作とされているものはいずれも実在するものなので、彼らも実在するのでは思ってしまうほどです。

 

 ファークワー博士を演じたジョーダン・ウィリアムズは、ネイティブアメリカンの血筋を持っており、『アメリカン・ホラー・ストーリー』で演じたサイコパスの殺人犯役でエミー賞にノミネートされ、『ドクター・フー』のドクター役として有力視されていた人物だそう。

 

 エミー賞から当たってみるのがわかりやすいですね。『アメリカン・ホラー・ストーリー』は、米FX局で放送されている人気ホラードラマシリーズ。エミー賞の常連でもあります。このうち、過去に主演男優賞または助演男優賞にノミネートされたのは、デニス・オハラ、ジェームズ・クロムウェル、ザッカリー・クイント、フィン・ウィットロックの4人ですが、この中にネイティブアメリカン系の人はいません。

 

 エミー賞は、ネイティブ・アメリカンの人々にとっては厳しい賞です。ネイティブ・アメリカンのキャストやスタッフが多く起用され、評判も非常に良いコメディドラマ『Reservation Dogs』は、これまでの2シーズンで音響編集賞に1回ノミネートきり。『ウエストワールド』や『FARGO/ファーゴ』など、数々のドラマで名演を見せてきたザーン・マクラーノンのノミネートが0回というのも、私には俄かには信じられません。

 

 ともかく、ジョーダン・ウィリアムズに関しては、具体的なモデルになった人はいなさそうです。しいて言えばフィン・ウィットロックは『ドクター・フー』のスピンオフドラマ『秘密諜報部トーチウッド』に出演したことがありますが、まだ30代で若すぎます。

 

 スカイ・パーマーに関しては、よくわかりません。『るつぼ』や『マクベス』に出演したことがある20代の女性ということですが、イギリスの女優なら誰でもそういった作品に出演したことがありそうなので、誰とも言えません。

 

 チリアン・カークは、ドラマ『MI-5 英国機密諜報部』『ライン・オブ・デューティー 汚職特捜班』『ダウントン・アビー』に出演したと書いてあります。いずれも、イギリスの大ヒットドラマです。しかも、クリストファー・ノーラン監督の映画『テネット』にも出演予定だそう。

 

 『ダウントン・アビー』に3シーズン出演した人物で絞ると、ダン・スティーヴンス、エド・スペリーアスがいます。しかし、どちらも他の作品には出演していません。ダン・スティーヴンスは、結構『テネット』に出ていてもおかしくない雰囲気がありますけどね。

 

 ちなみに、チリアンの「クリストファー・ノーランはたしかに大物かもしれないけど、まちがいなく頭がいかれちゃってますよ」は、特に暴言ではないです。ノーラン映画を観た人は、だいたいみんな同じことを思っています。初見の『テネット』は、本当に意味が分からなかった。

 

 

コンビの力が試される

 <ホーソーン&ホロヴィッツ>シリーズの4作目となる『ナイフをひねれば』は、まさにホーソーン&ホロヴィッツのコンビの力が試されるような内容になっています。なにしろ、ホロヴィッツは、殺人容疑を掛けられて逮捕されてしまうのです!

 

 ホロヴィッツにとって不利な証拠ばかり出てくるところを、ホーソーンが友人として(?)助けてくれます。今回の捜査は、ほとんどが事情聴取だけです。殺人現場は被害者の家の玄関ということですが、ホーソーンはろくに現場検証もせずに捜査を進めていきます。そのくらい、殺人自体はあっけないもので、注目に値しないものとして扱われています。

 

 ホロヴィッツのミステリーのほとんどに同様の傾向があります。その代わりに各登場人物や人間関係に注目して謎を掘り下げていっています。これは、アガサ・クリスティーも同じです。クリスティーのミステリーで派手な殺人現場といえば『ポアロのクリスマス』くらいしか思いつきません。余談ですが、クリスティーが天才なのは、『ポアロのクリスマス』では、この”派手さ”までもきっちり伏線として回収していることです。

 

以下、ネタバレになるかもしれない箇所があります。

 

 そんなこんなで、ホーソーンとホロヴィッツが事情聴取を進めると、実は舞台『マインドゲーム』とは全く関係のない別の大きな事件が関わっていることが明らかになってきます。こうなってくると、前半と後半で、読んでいるものの印象が全然変わってきます。

 

 ホロヴィッツらしいのが、第17章の「ハリエット・スロスビー著『悪い子ら』より抜粋」という章。『カササギ殺人事件』と『ヨルガオ殺人事件』では、作中作がまるまる入っているという大胆な構図をしていましたが、その他の作品でも本文とは別の文章を挿入していることがよくあります。

 

 そして、最後は舞台上での種明かし。文字通り、劇的なエンディングです。犯人は、適当に言っても当たりそうですが、それ以上に読後に印象に残るのは、もっと社会派的なテーマ。少年犯罪とその後に関することです。考えさせられます。

 

 最終的に、ホロヴィッツは、あと3作<ホーソーン&ホロヴィッツ>シリーズを書くことが決まりました。これはつまり、もうすでに3作くらいの構想はあるという宣言なのかなという気がします。嬉しいですね。まだまだ楽しめる。

 

 それにしても、作中のホロヴィッツの態度は、これまで以上にパッシブ・アグレッシブというか、嫌な感じがありましたね。ホーソーンに助けてもらって当然だろうと言わんばかりの態度や、わざわざ泊めてもらったのに書斎を捜索したり兄弟を尋問したりしているのは、あまり見上げたものではありません。

 

 ただ、これは著者も意図的にやっていることです。その証拠に、表紙を見てみてください。本国版と同じデザインが使われているのですが、気になるのはチケットに書かれている文字。MINDGAMEの一部がナイフで隠されてMIND MEになっています。

 

 言葉遊びが好きな著者なので、きっと偶然ではないでしょう。MIND MEは、日本語訳すると「私を気にかけて」という意味になります。作中のホロヴィッツがホーソーンに「私のことをもっと気にかけてくれ!」と言っている気がしなくもありません。

 

 ホーソーンもホーソーンで「トニーが自分をこきおろした批評家を片っ端から殺したら、いまごろ全国各地に死屍累々だぜ」(p.122)と散々な言い様。どっちもどっちなコンビです。

 

 総括としては、ホーソーンとホロヴィッツの新たな事件簿として、特に2人のキャラクターが掘り下げられる内容にもなっていて面白かったです。自虐的なユーモアと滑らかなストーリー展開のおかげで、単調に感じがちなプロットでもちゃんと読ませてくれます。ホーソーンに関する真相を小出しにして、次巻も楽しみにさせるところは、さすがテレビドラマの脚本家といったところか。

 

 ちなみに、アンソニー・ホロヴィッツが自身のヒット作を映像化したドラマ『カササギ殺人事件』は、U-NEXTで見放題配信中です。続編『ヨルガオ殺人事件』の撮影も9月から始まる予定だとか。

 

psbr.hatenablog.com