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ジョン・ディクスン・カー『連続自殺事件』感想|密室の巨匠によるチャーミングな逸品

「真実だよ」フェル博士はあくまでも言い張る。「わしは古めかしい人間なんだ。求めるのは真実だよ」

―ジョン・ディクスン・カー著、三角和代訳『連続自殺事件』pp.206、創元推理文庫

 

 ジョン・ディクスン・カーの『連続自殺事件』(旧題『連続殺人事件』、原題 The Case of The Constant Suicides)は、以前からつねづね読みたいと思っていた作品でした。それが、このたび新訳で復刊されたということで早速購入。

 

 おどろおどろしいタイトルとは裏腹に、内容はとても愉快でチャーミング。それとともに、巨匠ディクスン・カーによる密室トリックも楽しめる逸品でした。今回は、ネタバレありで『連続自殺事件』のレビューをしていきます。

 

ディクスン・カーとは?

 ジョン・ディクスン・カーといえば、ミステリーファンの間では「密室の帝王」としてすっかりお馴染みの推理作家です。ミステリー黄金期の1930年代を中心に、数多くの推理小説を著しました。密室殺人など不可能犯罪を扱ったものが多く、1935年の小説『三つの棺』の17章で展開される「密室講義」は特に有名です。

 

 カーの小説に登場する探偵は、主に3人。初期の長編5作品に登場するパリの予審判事アンリ・バンコランとギディオン・フェル博士、そしてヘンリー・メリヴェール卿。ヘンリー・メリヴェール卿の作品は、カーター・ディクスン名義で発表されています。『連続自殺事件』では、フェル博士が登場します。

 

 ディクスン・カー作品は、怪奇趣味に彩られたものが多いのも特徴です。幽霊や地方の伝承など、ホラー風味が事件の怪しさを増しています。また、しばしばユーモアが彩りを添えることがあります。今回の『連続自殺事件』では、カーの「不可能犯罪」「怪奇趣味」「ユーモア」すべてを堪能することができます。

 

※以下、ネタバレを含みます!未読の方はお気を付けを!

 

ネタバレ感想

 まずシンプルに楽しい。トリックもそうなのですが、それは後述するとして、そもそも小説として読んでいて面白い。探偵役はお馴染みのギディオン・フェル博士ですが、主人公は大学教授のアラン・キャンベル。アランが、日曜新聞で毎週のようにクリーヴランド女公爵の議論を戦わせていたキャスリン・キャンベルと列車の中で鉢合わせてしまったところから物語は始まります。

 

 キャスリンのツンデレっぷりが良いんですよね。だいたいアランとは口論ばかりしていますが、二人きりで散歩をしたり会話をしている場面も多く、ときには思わせぶりなことを言ってきます。アランの方も、ちゃっかりキャスリンのことを好きになって、新聞に2人の誤解された関係のことが載りそうになると、結婚するしかないよなぁと言い出す始末。夫婦になっても口論は絶えなさそうですが、某女公爵のことならいくらでもやっていてください。

 

 他の登場人物たちも、どなたもユニーク。三回ぐらいやっていた酒盛りのくだりは、愉快なこと極まりない。アランは、酒を飲んだ夜のことはだいたい忘れてしまうので、翌朝にキャスリンから何があったか聞くことになるのですが、とんでもないことばかりやっていたことが明らかにされます。さながらスコットランド版『ハングオーバー!』です。本物の剣を持って記者を追いかけまわし、散弾銃でまたしても記者を撃ち。ゴシップを追いかけるチャールズ・スワンは、あまり好ましい人物とは言えませんが、ここまでされると気の毒にもなってきます(バケツの水もぶっかけられていましたし)。

 

 でも、ユーモラスなだけではないのがこの本の素晴らしいところ。例えば、エルスパットおばさん。前半では、家族でもないのに自分の信仰心を振りかざし、嫌がらせばかりをするいじわるばあさんでした。しかし、後にフェル博士によって、その行動の背景が明らかになります。エルスパットとしては、せっかくアンガスが遺してくれた遺産をちゃんと受け取りたいのですが、彼が無実の者を殺人犯に仕立て上げようとしたのは許せなかったのです。そういったジレンマがあったとわかると、エルスパットに対する印象も大きく変わってきます。

 

 塔の密室のトリックは、シンプルですがなかなか良かったのではないでしょうか。小屋でのアレック・フォーブス殺しのトリックは、やや残念でしたが、こちらはそれほど重要ではないのでしょう。密室トリックで読者を満足させるのは、非常に難しいですから。密室の謎は面白くても、トリックがしょぼいものがほとんどなので。

 

 むしろ面白いと思ったのは、塔の部屋から覗いていたという幽霊の話です。今回の事件は、密室、酒盛り、恋愛とてんこ盛りなので印象は薄いのですが、実は今回の事件には幽霊も登場していました。要は犯人が幽霊の仮装をしたということなのですが、なぜ犯人はそんなことをしたのか? これが疑問です。その真相は、怪奇現象を1ミリも信じていないコリンをおだてて塔の部屋で寝かせるためでした。単なる脅かしや見間違いではなく、きちんと目的のあった行動だったのです。さりげないようで、ちゃんとした論理があるのはクレバーだなと感じます。

 

このトリックは可能なのか?

 本書の「解説」にも少し書いてあるのですが、今回の事件のトリックが本当に実行可能なのか、科学的にきちんと考えてみます。このトリックの肝となるのが、二酸化炭素が常温で昇華する致死性のガスであることです。

 

 昇華とは、固体が液体にならずに直接気体になることです。二酸化炭素が固化したドライアイスは、-56.6℃以上で気体になります。二酸化炭素は、大気中に0.03%程度存在するので、少量ならば毒性はありません。しかし、その100倍以上の濃度、すなわち空気中での濃度が約3%以上になると呼吸困難などの症状が表れ、10%を超えると数分以内に意識を失います。

 

 実際に、大量のドライアイスを車で運搬していた配達員が二酸化炭素中毒になる事故も発生しており、取り扱いには注意が必要な場合があることがわかります。

参考記事 二酸化炭素中毒とは?【注目の化学災害ニュース】RISCAD CloseUP - さんぽのひろば|産業保安ポータルサイト| 産業保安に関する情報をお届けします

 

 ただし、本書の訳注でもあった通り、二酸化炭素には臭いがありません。大気中に広く存在している物質なので、その臭いを感知しないように人間の嗅覚が進化してきたのかもしれません。それはともかく、二酸化炭素には臭いがないので、アンガスがその臭いに気づいて窓の外に飛び出す可能性はありません。一酸化炭素中毒と同じようなものです。

 

 でも、それだけで今回のトリックが成立し得ないと考えるのは早計です。アンガスの部屋の二酸化炭素は徐々に上がっていくので、初期症状が出てから死亡に至るまでには、ある程度の時間がかかるはずです。

 

 二酸化炭素中毒の症例は少ないので、一酸化炭素中毒の例を調べてみました。この場合、最初はまず風邪のような症状が出て、次に頭痛、吐き気、手足のしびれといった具合に重症化していきます。アンガスは自分が二酸化炭素中毒で死ぬことを知っているので、初期症状の段階で怖気づいて、そのときに慌てて窓から転落してしまうのもありそうな話ではありませんか?

参考記事 一酸化炭素(CO)中毒に注意!|一般社団法人 日本ガス石油機器工業会(JGKA)

 

 それ以上に、自分はこの時代にドライアイスが一般に存在していたことに驚いてしまいました。これも調べてみると、1895年にイギリスのエルワシーとヘンダーソンがドライアイスを製法を発見し、1925年にはニューヨークで設立された「ドライアイス・コーポレーション」が業務的な用途で使い始めたそうです。

参考記事 炭酸ガスとドライアイスの歴史 | ドライアイス資料館 - 昭和電工ガスプロダクツ株式会社

 

自分のおかげで復刊!?

 個人的な話ですが、実は『連続自殺事件』は私のおかげで復刊されました。と、自分では思っています。東京創元社さんは、年に1回ほどTwitter上で創元推理文庫復刊希望アンケートを行っています。ここで投稿された希望作品を参考に、もしかしたら復刊されるかもしれないねというわけです。2021年1月に行われたこの企画で、私が希望したのがまさにジョン・ディクスン・カーの『連続殺人事件』なのです。

 

自分のツイートをブログに貼るとか恥ずかしいけど、きちんと証拠を示さないとミステリーファンの皆さんには納得していただけないと思うので。

 

 ただし、あなたの希望通りの本を復刊しましたよというお知らせがあったわけではないので、もしかしたら私の希望は関係なかったのかもしれません。東京創元社では、年に1冊ペースでカーの小説を復刊していますから、私のツイートとは関係なく、偶然このタイミングで『連続自殺事件』が刊行されたのかもしれません。それでも、自分がツイートしてから1年後に復刊されたのですから、せっかくなら自分の希望が通ったと考える方が面白いではありませんか。

 

 しかし、もしそう考えるとするなら、『連続自殺事件』が売れなかった場合には責任問題になってしまいます。私がマニアックな本を希望してしまったせいで東京創元社さんの業績が悪化してしまった!となったら困るわけです。創元推理文庫には中学生の頃からずっとお世話になっていますから、ぜひとも今後も末永く繁栄してほしいのです。

 

 幸いにも、本書は期待していた以上に面白い作品でした。個人的には大満足ですし、東京創元社さんには大感謝です。なので、皆さんももし未読だったらすぐにでも読んでみてください。すでに読んでいたら、ぜひ知人に勧めてみてください。タイトルはおそろしげですが、内容はミステリーファンのみならず幅広い層に楽しんでもらえるものです。カー入門にも最適な一冊ではないでしょうか。

 

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