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海外ドラマ『チェルノブイリ』感想:嘘が招いた人類史上最悪の悲劇

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Every lie we tell incurs a debt to the truth. Sooner or later, that debt is paid.

- Valery Legasov in Chernobyl

 

 2019年にHBOで放送され、絶賛された海外ドラマ『チェルノブイリ』。このドラマを観るのには、実は若干のためらいがあった。史上最悪の事故をエンターテインメントとして見て良いのか、特に日本では福島原発事故の記憶が強く残っている。

 

 だが、そんなことは全くもって杞憂だったと言わなければならない。『チェルノブイリ』は、人間の嘘が招いた大きすぎる代償を描いた物語だ。それは、原発事故に限った話ではない。人間の嘘による悲劇は、現在進行形で拡大している。

 

 

 

海外ドラマ『チェルノブイリ』基本データ

・原題:Chernobyl

・放送局:HBO

・放送年:2019年

・話数:5

・キャスト:ジャレド・ハリス、ステラン・スカルスガルド、エミリー・ワトソン、ジェシー・バックリー

・予告編:

www.youtube.com

 

 『チェルノブイリ』を観て思ったことを、「政治家」「市民」「技術者・科学者」の3つの視点に着目してまとめてみた。

 

政治家

 緊急事態の時に、どのような対応が出来るかが政治家の真価である。日本では、震災後の対応とコロナへの対応などを見ても、常に後手後手でグダグダ。チェルノブイリ事故において、当時のソ連政府の対応はどうだったかと言えば、意外にもいくつか良い点があったのだが、やはり絶対にやってはいけないことをやっている。

 

 数少ない良い点の多くは、シチェルビナ副議長に依るところが大きい。最初こそ、事故を甘く見ていたのだが、すぐにレガソフ博士の言葉を信用するようになり、積極的に政府に働きかけていった。彼の行動により、政府も事故処理に本腰を入れたようなところがあるので、シチェルビナという政治家がいたことで、少しは被害が抑えられたのかもしれない。

 

 また、これは社会主義国家だからこそだと思うが、やると決まったことは速やかにとことんやる政府の姿勢には驚いた。国中から液体窒素を集める必要があるとなればすぐに集め、大量の炭鉱夫が必要となれば即座に招集する。その方法が正しいかはともかく、これだけの迅速さでもって計画を実行できるのは素晴らしい。

 

 その一方で、当時のソ連政府は絶対にやってはいけないことをしている。政治の最も大事な目標は、人々の生命を守ることだと言っても良い。命が守れない政府など、あってはならない。だが、ソ連の政府は自国の国民を守ることよりも、国の威厳を守ることを優先した。それゆえに、ドイツから借りた月面探査車のスペックは不十分だったし、避難区域の広さも十分ではなかった。そもそも事故が起きた原因も、原子炉開発が順調であると見せるために、RBMK炉の欠点を指摘した論文をKGBが削除したことにあった。

 

 政府の嘘がなければ、事故はここまで大きくならなかったどころか、そもそも起きていなかったのである。チェルノブイリ原発事故は、紛れもない「人災」だった。

 

 ここで、福島原発事故の場合を考えてみたい。福島原発の場合は、東日本大震災が原因にあるので、一見すると自然災害にも見える。しかし、事故の1年ほど後に出された報告書に記されている通り、この事故も「人災」だった。立地を考えれば、十分な地震対策が施されてしかるべきなのに、それを怠ったことが事故を招いた。事故後の政府の対応は、ソ連の場合と劣らず酷いものだった。不十分な情報開示や、現場ではなく政府の意向に沿った行動は、どちらにも共通している。

 

 チェルノブイリ事故と福島原発事故は、自然や神などではなく、人が人を殺した事故だということを忘れてはならない。

 

市民

 チェルノブイリ事故において、多くの市民は、ただ政府の愚策に翻弄されるしかなかった。消防士のヴァシリー・イグナテンコと妻のリュドミラが、その一例だ。ヴァシリーは、最初は普通の火災だと思って消火活動にあたっていた。しかし、結果的には、その数日後に死を招くことになった。ヴァシリーとの子を妊娠していたリュドミラだが、その子は生後数時間で息を引き取った。

 

 原子炉の地下を掘った炭鉱夫や、原子炉建屋の炭素棒を撤去していた多くの人々も、本来ならばそこまで危険な目に遭うことはなかったはずだ。だが、彼らはその勇敢な行動により、寿命を縮めることになった。

 

 事故後の危険な処理を行った人々の勇気は、讃えられるべきだ。放射能が世界中にまき散らされなかったのは、名もない彼らの功績である。彼らがいなければ、極端なところ、今の私たちは地下で暮らしていたかもしれない。

 

 だが、その犠牲が必要だったかどうかは別問題だ。チェルノブイリ原発事故は人災だった。地震や洪水といった自然災害とは異なり、事故は必然ではなかったのである。政府は、本来ならば失われることのなかった人命を失わせている。

 

技術者・科学者

  私自身が理系の分野にいることもあって、技術者や科学者たちの物語には、より深く考えさせられるものがあった。最終話で明らかになるように、事故の直接的な原因は当時の現場にいた所長や技師長たちにあった。原発の安全性実験を強行したことが、事故を招いたのだから。現場の技師たちは、ディアトロフ副技師長の指示が危険だと分かりながらも、従うほかなかった。技師たちを責めることは出来ない。

 

 事故の後も、所長たちはそんなはずがないと、原子炉が爆発した事実を退け続けた。それゆえに、対応は遅くなり、政府も事故を軽く見るようになった。現場の長がこのようだと、もうどうしようもないという感じはある。

 

 理系の分野(に限らずなのかもしれないが)で最も大事なことが、何事も事実には勝らないということである。たとえ理論上はどんなに正しくても、実験で違う結果が出たら違うのである。単純に見えるこの原理だが、それを遂行するのは、意外と難しい。人間は、どうしても思い込みというものがある。科学者や技術者であっても、思い込みや理論に捕らわれてしまうことは少なくない。

 

 物理学者のリチャード・ファインマンが自身の半生を著した『ご冗談でしょう、ファインマンさん』の最終章では、まさにそのことがテーマになっている。ファインマンは、どんなに権威ある研究者に対してであっても、間違っているときは間違っていると指摘した。逆に、自分が間違っていると指摘されたら、とことん議論し修正をした。

 

 後にファインマンは、スペースシャトルのチャレンジャー号が爆発した事故の際の調査委員会にも参加している。いわばレガソフ博士の立場にいたわけだ。誠意をもって事故調査に取り組み、市民にも事故原因を分かりやすく説明した彼の姿勢は、お手本にしたい。このあたりのことは、続編の『困ります、ファインマンさん』に詳しく書かれている。

 

 

 レガソフ博士は、初期から事故の重大さを指摘し、対応や原因究明にあたった。ホミュック博士の意見にもしっかりと耳を傾ける彼の姿勢は、科学者として理想に近いものと言える。後から考えれば、もっと良い対応があったと思えるかもしれないが、最悪の状況の中で最善を尽くしていた。

 

 原因究明後は、事故の再発を防ぐために、自らの危険を顧みずに、裁判で政府の嘘を指摘した。科学者として非常に尊敬したい行動だ。悔やまれるのは、彼が文字通り命を懸けなければ真実が伝えられなかったことだ。彼の行動はとても勇敢であるが、そのような犠牲はなくなってほしいと切実に願う。

 

まとめ

 チェルノブイリ事故が実話であることに圧倒されてしまったが、『チェルノブイリ』というドラマ自体も非常に完成度が高い。このドラマの一番の功績は、人類最大の悲劇を何一つ美化せず、ひたすらに事故と周囲への影響を描くことに徹した点にある。

 

 例えば、第4話ではチェルノブイリ周辺の動物たちを射殺する場面が描かれた。他の映画やドラマならば、動物を殺す場面を直接的に描くことはほとんどしないが、『チェルノブイリ』はあえて見せた。人間の嘘が、罪のない動物たちを殺すことになったという事実を、重く問いかける。

 

 印象的だったのは、第3話のラストシーン。鉛の棺がコンクリートで埋められていく様子は、この悲劇を象徴するようだった。この場面などを見ていると、今のコロナ禍の状況をふと思い起こさせたりもする。リュドミラは、夫のヴァシリーと会うことが禁止されていた。最期の瞬間や遺体も見られなかったかもしれない。新型コロナウイルスに感染して亡くなってしまった方の親族も、同様に立ち会うことが出来ていないとも聞く。

 

 チェルノブイリ事故のことを知ると、ちょうど10年前の福島原発事故を思い起こさずにはいられない。と同時に、このタイミングで見ると、新型コロナウイルスによる現在の世界情勢も重なって見えてくる。政府や研究所の情報開示は十分なのか、ウイルスの危険性を正しく把握できているのか。チェルノブイリ事故から30年以上経った今でも、人類は同じ間違いを犯しているような気がしてならない。

 

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