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宇宙開発×冷戦×SFドラマ『フォー・オール・マンカインド』解説

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Remember, we chose to go to the moon not because it was easy, but because it was hard.

- Ellen Waverly, For All Mankind season 1 

 

 もしも、ソ連の宇宙飛行士が、アメリカよりも先に月に足を踏み入れていたら……?もしかしたら、あり得たかもしれない歴史を基に宇宙開発の歴史を辿る、Apple TV+独占配信のオリジナルドラマ『フォー・オール・マンカインド』。個人的にも、宇宙開発にはとても興味があるので、そのあたりも含めて感想・解説・レビューをまとめていきます。

 

 

 

『フォー・オール・マンカインド』基本データ

・原題:For All Mankind

・製作:Apple TV+

・配信期間:2019年~

・話数:2シーズン各10話、シーズン3も製作決定

・脚本:ロナルド・D・ムーア(ドラマ『GALACTICA/ギャラクティカ』『スター・トレック』フランチャイズ)他

・出演:ジョエル・キナマン、サラ・ジョーンズ

・予告編:

www.youtube.com

 

現実の宇宙開発史との比較

 『フォー・オール・マンカインド』は、架空の世界での宇宙開発の話ですが、現実の宇宙開発史とリンクするところが少なからずあります。そのあたりを、キーワードごとに解説していきます。軽微なネタバレを含みます。

 

アレクセイ・レオーノフ

 ドラマの世界線では、人類で初めて月に足を踏み入れたのはソ連のアレクセイ・レオーノフでした。彼は、実際には1965年に人類初の宇宙遊泳を行ったことでも知られています。ソ連の月飛行計画のメンバーにも選ばれていたそうです。

 

ヴェルナー・フォン・ブラウン

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 シーズン1の前半でアポロ計画の指揮をとっていたフォン・ブラウンは、現実にも「アメリカ宇宙開発の父」と呼ばれている重要人物です。ドラマの中でも語られていたように、戦時中にはナチス・ドイツのためにロケット兵器開発をしていました。

 

 NASAにいたときには、サターンV開発の指揮を取っており、このロケットは後にアポロ宇宙船を打ち上げることになります。1972年にはNASAを去っていますが、これはNASAの方針と自分のやりたいことが合わないと感じたためであり、ナチス時代のことを責められたからではありません。

 

 フォン・ブラウンに対する評価はかなり割れているそうですが、個人的には、ただ純粋にロケット開発をしたかっただけなんじゃないかなと思います。だからといって、ナチス時代の行為が正当化されるわけでもありませんが、おそらく彼自身にはナチズム的な思想はなかったでしょう。

 

マンハッタン計画

 シーズン1で、マーゴの父親がマンハッタン計画に携わっていたことが、フォン・ブラウンにより明かされます。マンハッタン計画は、戦時中にアメリカが行っていた核兵器開発計画です。日本に落とされた原爆もこのときに製造されました。

 

 ロバート・オッペンハイマーを始め、ニールス・ボーア、エンリコ・フェルミ、ジョン・フォン・ノイマン、リチャード・ファインマンら、当時の優秀な物理学者(数学者)は軒並みこの計画に参加していました。

 

パスファインダー

 シーズン2では、スペースシャトルの後継機として原子力を用いたパスファインダーが登場します。現実には、まだこのような宇宙船は作られていません。ですが、パスファインダーという名前は、NASAの火星探査機に使われています。英語のpathfinderには「先駆者」という意味があるので、別の世界線であっても宇宙船の名前に使われるのは十分妥当な気がします。

 

チャレンジャー号爆発事故

 シーズン2の中盤で、スペースシャトルのOリングの話が登場します。スペースシャトルのチャレンジャー号に取り付けられているOリングに欠陥があったのですが、マーゴいわくエンジニアの誰かが事前に欠陥に気付いたそうです。実際には、Oリングの欠陥が原因で1986年にチャレンジャー号は爆発事故を起こしています。この事故で、7人の宇宙飛行士の命が失われました。おそらく、ドラマの世界線では、事前に事故を防ぐことが出来たのでしょう。

 

サリー・ライド

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 ドラマの中では、モリー・コブがアメリカ初の女性宇宙飛行士になりましたが、現実には1983年に飛行したサリー・ライドが最初です。ソ連では、1963年にワレンチナ・テレシコワが宇宙に行っているので、それと比べるとかなり遅かったことになります。ドラマの中でもサリー・ライドは登場しており、シーズン2では、エドとともにパスファインダーの初飛行に参加しています。

 

 サリー・ライド自身は生前に公表することはなかったものの、同性愛者だったことが死後にパートナーによって公表されています。このあたりは、エリン・ウィルソンのキャラクターに反映されていそうです。

 

アポロ・ソユーズテスト計画

 シーズン2最終話のクライマックスの一つでもあったソ連のコスモノートとアメリカのアストロノートの握手ですが、これと全く同じことが現実にも1975年に行われています。内容も背景も、ドラマとほとんどです。ただし、実際の計画ではソ連側からレオーノフ、アメリカ側からディーク・スレイトン(!)らが参加しています。

 

新感覚SF

 『フォー・オール・マンカインド』の第1話は1969年から始まり、このときに月に初めて着陸したのがアメリカではなくソ連だったら……?という設定で、ストーリーは続いていきます。

 

 序盤は現実に起こった出来事に近い展開も多いのですが、話が進むにつれて、どんどん現実からは離れていきます。ちょうど第1話でドラマの世界と現実の世界が分岐して、そこからどんどん差が広がっていく感じです。

 

 宇宙開発を描いた作品は、すでにいくつかあります。映画『アポロ13』『ライト・スタッフ』『ファースト・マン』、ドラマ『フロム・ジ・アース』『マーキュリー・セブン』など。よく出来た作品もあり、作品自体面白いのですが、このジャンルには一つだけ避けられない弱みがあります。現実の出来事なので、何が起こるのかを知った状態で観なくてはいけないのです。

 

 宇宙開発にどの程度興味があるのかに依るのですが、個人的には以前から宇宙の話は好きなので、映画で描かれる話は大体すでに知っていることでした。それほど宇宙開発に詳しくなくても、アポロ13号で事故が起きるも3人のクルーが無事に生還したことなどは知っている人が多いと思います。

 

 でも、『フォー・オール・マンカインド』は架空の話なので、描かれているプロジェクトが成功するのか失敗するのか分かっていません。そのため、他の宇宙開発ものでは味わうことの出来なかったスリルを楽しめます。果たしてアポロ11号は無事に月に着陸することが出来るのか!?を手に汗握って見ることが出来るのです。

 

 といった感じで、シーズン1はそれなりに宇宙開発の話がメインにあります。シーズン2に入ると、時代は一気に10年跳んで、1985年頃に。現実世界から分岐して15年も経つと、様々な面で違いが出てきます。例えば、ジョン・レノンがまだ生きています。

 

 冷戦と宇宙開発については、現実と大きく異なってきています。ソ連とアメリカは核戦争まで一触即発の状態で、両国とも月面基地に宇宙飛行士を常駐させています。米ソの緊張が高まれば、月面での戦争が起こってしまうかもしれません!

 

 現実でも、冷戦は1960~80年代の宇宙開発に大きな影響を与えていますが、それがさらに推し進められています。冷戦の緊張感と、月面で戦争が起こったらどんな事態になってしまうのか分からない恐怖感が、スリリングです。

 

 月面基地などは、ドラマの中にしか存在しない架空のものですが、デザインはそれなりにリアルです。おそらく、NASAが実際に公開している月面基地のイメージ図を基に製作しているのでしょう。NASAが作りそうなものを実際に映像として見せてくれるのも興味深いです。

 

 と同時に、話が進むにつれてSFの領域にも踏み込んでいきます。そもそも現実世界の話ではないのでSFではあるのですが、宇宙にどんどん進出していくと、さらにSFっぽくなります。が、ここでこそ『フォー・オール・マンカインド』の強みが出てきます。このドラマでは、初期の宇宙開発から描かれているので、世界観やガジェットの説得力が違います

 

 ストーリー上は、シーズン2から始めることも可能だったでしょう。月面での冷戦は、それだけでも面白いテーマです。そこに、シーズン1で描かれた冷戦が激化した背景や、月面基地を建設した当時の話があるので、世界観は俄然、厚みを増します。

 

 シーズン3以降は、さらに時代が進むことが予告されているので、SF要素はさらに濃くなっていくでしょう。それでも、『フォー・オール・マンカインド』という世界線でのリアリティを確立してきているので、他のSFとは一味違う面白さがあることを、まだまだ期待しています。

 

 

 

キャラクターが惜しい!(ネタバレ)

 『フォー・オール・マンカインド』は、これまでのSFとは一風変わった新しいタイプのSFであり、独自のリアリティを獲得しつつあります。しかし、登場する宇宙飛行士たちは、せっかくのリアリティを損なっています。

 

 あまりにも自己中心的な宇宙飛行士が多すぎるのです。例えば、シーズン2で宇宙飛行士室長のエドは、アポロ22号でともに月に行った友人のゴードーを、10年振りに復帰させることを決めます。ゴードーの精神状態が、月にいたときにおかしくなってしまったことを知りながら。しかも、ゴードーに事前に訪ねもせず。

 

 あるいは、シーズン2で、月にコロナ質量放出の嵐が襲ってきたときのこともあります。ベテラン宇宙飛行士のモリー・コブは、嵐の中、自らの命を顧みずに、仲間の宇宙飛行士を助けに行きました。いかにも英雄的な行動ですが、現実には、2人の宇宙飛行士を失ってしまうリスクが高すぎます。さらに、モリーが地球に帰ってきてからも、NASAの医者から検査を受けないなどあり得るでしょうか。

 

 もちろん、あくまでもドラマなので、英雄的な行動を見せたいのはわかります。シーズン2最終話での、スティーヴン元夫妻の行動は、感動的です。この行動は、基地の全宇宙飛行士を助けるためなので、納得感もあります。良い場面だったと思います。

 

 このドラマが、宇宙飛行士の話でなければ、英雄的な行動も自分勝手な行動もやれば良いと思います。しかし、宇宙飛行士はどんな状況でも冷静に物事を考えられる人のはずです。そのために、NASAやJAXAは、何段階にも渡る難しいテストを候補者たちに課して、宇宙飛行士を選定しています。

 

 他の職業だったら、どんな性格の人でも就くことが出来るかもしれません。でも、こと宇宙飛行士に関してだけは、ある程度の正しい資格(ライト・スタッフ)が必要です。初期の宇宙開発ならば、なおさらです。ライト・スタッフを持たない自己中心的な宇宙飛行士では、このドラマが築こうとしているリアリティに全くそぐいません。惜しい!

 

 付け加えておくと、好きなキャラクターは一人います。メキシコからやって来た移民のアレイダ・ロサレスです。シーズン1で宇宙に憧れる少女だったアレイダが、優秀なエンジニアとなってNASAに入ったときにガッツポーズは忘れられません。

 

総評

 全体的には、『フォー・オール・マンカインド』は良く出来ているドラマだと思います。現実の宇宙開発史をベースに、オリジナルストーリーを構築していく流れは巧みで、宇宙SFとしては新しいタイプのものです。ビジュアルも、NASAらしさがあって、とても良い。

 

 それゆえに、キャラクターが宇宙飛行士らしくないのが目立ってしまいます。多少はドラマチックにしなければならないのでしょうが、もう少し宇宙飛行士の素質を見せてほしい。そうなれば、自分も心置きなく傑作SFドラマと言えると思います。

 

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