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なぜ『ベター・コール・ソウル』は1つもエミー賞を獲れなかったのか?

 第75回エミー賞が行われました。ファイナルシーズンが対象となった『ベター・コール・ソウル』(BCS)にとっては最後の受賞のチャンス。しかしながら、ついにその名前が呼ばれることはなく、BCSは無冠のままエミー賞を去ることになりました。

 

 このことで、BCSは歴史的な記録を作りました。これまで合計53ノミネートをされながら、1つもエミー賞を獲得することがなかったのです。これは、ぶっちぎりで史上最多の記録です。

 

 なぜBCSは、これほど評価が高く、ノミネートもたくさんされているのに、エミー賞を獲得することができなかったのか? その理由を探ることで、エミー賞の性質が見えてくるはずです。

 

 

 

『ベター・コール・ソウル』はエミー賞に値するか?

 BCSは、間違いなくテレビドラマ史に残る傑作ドラマの一つです。実際に観てみれば実感できると思いますが、ここではエミー賞以外のデータを示すことで、もう少し客観的に妥当性を見ていってみます。

 

 ロッテン・トマトでの批評家スコアは、全シーズン平均で98%フレッシュ。特にシーズン4~6はすべて99%フレッシュの評価で、ただ1人の批評家を除いて約180人の批評家全員が3シーズンとも肯定的なレビューをしています。

 

 一般視聴者が評価できるIMDbでは、10点満点中9.0点の評価を得ています。これは、歴代の全テレビ番組の中で29位の高評価。レビュー数は62万人を超えており、これは歴代13位の多さです。名だたる人気作に並ぶヒット作であるとともに高い評価を得ている作品であることがわかります。

 

 BCSは、エミー賞は無冠で、ゴールデングローブ賞も無冠ですが、他の賞では評価されているものもあります。クリティクス・チョイス・アワードでは、作品賞を1回、主演男優賞(ボブ・オデンカーク)を3回、助演男優賞(ジャンカルロ・エスポジート、ジョナサン・バンクス)を2回受賞しています。他に、サテライト賞は7つ(うち作品賞2つ)、全米脚本家組合賞は3つの受賞を果たしています。

 

 

『ブレイキング・バッド』はエミー賞に強かった

 忘れてはならないのが、本家『ブレイキング・バッド』(BrBa)はエミー賞にとても強かったということです。史上最高のテレビドラマとして名高いBrBaは、エミー賞で通算58ノミネートを果たし、16部門で受賞しています。その中には2年連続の作品賞、4度の主演男優賞(ブライアン・クランストン)、3度の助演男優賞(アーロン・ポール)、2度の助演女優賞(アンナ・ガン)が含まれます。

 

 BrBaはファイナルシーズンが前半と後半に分かれていたので、全部で6年間がエミー賞の対象でした。BCSも同じくファイナルシーズンが前半と後半で分かれていたため、全部で7年間がエミー賞の対象でした。ノミネートされたのは全部で53個。以下に代表的な部門を列挙します。

 

  • 作品賞7回
  • 主演男優賞(ボブ・オデンカーク)6回
  • 助演男優賞(ジョナサン・バンクス、ジャンカルロ・エスポジート)6回
  • 助演女優賞(レイ・シーホーン)2回
  • 脚本賞8回

 

 この他にも、技術系部門では映像編集、音響編集、音楽監修などで複数回ノミネートされています。53ノミネートという記録はBrBaと比べても遜色ないものです。しかし、受賞数では大きく水をあけられる結果となりました。

 

 先述のように、BCSはエミー賞を受賞しても全くおかしくないほどの高い評価を得ているので、このような結果になったのはBCSという作品よりはエミー賞側に原因があると考えるのが妥当です。その原因とは何だったのでしょう?

 

 

エミー賞の傾向

 エミー賞にはよく指摘される2つの傾向があります。それは、連続受賞が多いことと受賞作品が少数の作品に偏っていることです。前者は以前からよく言われていたことですが、後者は特に近年になって顕著になりました。

 

 連続受賞は、エミー賞75年の歴史の中で4度作品賞を受賞した作品が5つ(ゲーム・オブ・スローンズ、マッドメン、ザ・ホワイトハウス、L.A.ロー、ヒルストリート・ブルース)あるので、今に始まったことではありません。直近10年に限っても、受賞したのは『ゲーム・オブ・スローンズ』が4回、『メディア王~華麗なる一族~』が3回、『ザ・クラウン』が2回、『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』が1回となっています。

 

 なお、ドラマ部門の主演賞では同様の傾向は見られず、『ブレイキング・バッド』のブライアン・クランストンが4回受賞で史上最多タイ記録を残して以降、直近10年での連続受賞は『ユーフォリア』のゼンデイヤが2回獲ったのみです。

 

 助演賞では、再び連続受賞の傾向が現れます。直近10年では、『ゲーム・オブ・スローンズ』のピーター・ディンクレイジが4度(2011年含む)、『オザークへようこそ』のジュリア・ガーナーが3度、『メディア王~華麗なる一族~』のマシュー・マクファディンが2度受賞しています。

 

 もう一つの傾向はここ数年になって表れたものです。主要7部門(作品、主演男優、主演女優、助演男優、助演女優、脚本、監督)をすべて受賞するのは本来ならば困難なはずですが、最近になって急に難易度が下がっています。

 

 2020年にコメディ部門で『シッツ・クリーク』が史上初の主要7部門完全制覇を果たすと、早くも翌年にはドラマ部門で『ザ・クラウン』が同じ記録を達成します。2022年にはリミテッドシリーズ部門で『ホワイト・ロータス/諸事情だらけのリゾートホテル』がノミネートされた5部門をすべて受賞。

 

 そして、2023年はドラマ部門で『メディア王~華麗なる一族~』が6部門、コメディ部門で『一流シェフのファミリーレストラン』が6部門、リミテッドシリーズ部門で『BEEF/ビーフ』が5部門を独占しています。すべて主要7部門の中だけの数です。

 

 連続受賞の多さと受賞作品の偏りのせいで、受賞作品の数が少なくなり、結果的にBCSが外れてしまったということは考えられます。それは小さくない理由だと思いますが、それなら「なぜBCSが連続受賞したり大量受賞する作品にならなかったのか?」という新たな疑問が生じます。そこには、現在のテレビドラマ業界とエミー賞、そしてBCSの取り合わせの悪さが背景にあると考えられます。

 

 

テレビドラマが多すぎる!

 ここ10年ほど、アメリカのテレビドラマ界は「ピークTV」と呼ばれる時代でした。ピークTVとは、これまでにないほどたくさんのテレビドラマが作られる時代のこと。2022年には、脚本のあるテレビドラマが史上最多となる599作品作られました。

 

 こんなにたくさんのドラマを観られる人はいません。そのため、それぞれの人が全く別々の作品を観ているという状況ができあがってしまいました。具体的な数字を考えてみれば当然の話です。

 

 例えば、1人の人が1年間に30本のドラマを観るとします。巷で話題になる作品が50作品だとしたら、全く趣味が異なる人でも10作品は同じものを観ています。しかし、巷で話題になる作品が2倍の100作品になったら、共通する作品が0本になることが十分あり得ます。

 

 そんな状況でも、エミー会員ならば巷で特に話題になっている作品ぐらいは観ておこうという気分になるはずです。この「特に話題になっている作品」になれるかどうかが、近年ではエミー賞を獲得できるかどうかの必須条件になっています。エミー賞の投票会員は約2万3千人ほどいるため、話題性はかなり重要な要素なのです。

 

 このことを踏まえると、連続受賞の多さに説明が付きます。過去にエミー賞を受賞したことがある作品なら、次のシーズンへの期待も高まり、必然的に話題になりやすくなります。同じように、受賞作品の偏りも理解できます。世に出回っているドラマが増えれば増えるほど「特に話題になっている作品」は減るため、この条件を満たす一部の作品しか多くの票を集めることができません。

 

 となると、BCSがエミー賞を獲得できなかった理由は、「特に話題になっている作品」になれなかったからに他なりません。BrBaの前日譚が話題にならないことなどあり得るのか? そんな気もしますが、現代ならばあり得ます。

 

 

『ベター・コール・ソウル』が無冠の最大の理由

 BCSがエミー賞を獲れなかった最大の理由。それは、BCSがケーブルテレビ局のAMCで放送されたからです。

 

 AMCは、2010年前後はエミー賞を無双しているケーブルテレビ局でした。『マッドメン』は作品賞を4年連続受賞し、その後に『ブレイキング・バッド』が2回受賞しています。大ヒットドラマ『ウォーキング・デッド』の放送が始まったのもこの頃で、AMCは紛れもなくエミー会員の間でも一般人の間でも話題に上がる放送局でした。

 

 でも、今はケーブルテレビでドラマを観る人は激減しています。その代わりに、ストリーミングで視聴します。ストリーミングで観るなら、真っ先に名前が挙がるのはNetflix、そしてアメリカならMax(旧HBO Max)です。その次にDisney+、Hulu、Apple TV+。AMC作品を配信するAMC+の名前が挙がることは、まずないでしょう。

 

 ケーブルテレビ局でも、HBO作品はMaxで、FX作品はHuluで同時配信されるので、大きな問題はありません。実際、HBOとFXの作品はちゃんと受賞を果たしています。一方、BCSは放送と同時にAMC+で配信されて、数か月後にNetflixで配信されます。どうしても話題性では不利になります。Paramount+で配信されている『イエローストーン』が、全米屈指の人気作でありながらエミー賞では1つしかノミネートされていないのも同じ理由かもしれません。

 

 アメリカ以外の国ではBCSは本国での放送とほぼ同時にNetflixでも配信されるので、実感が湧きにくいというのはあります。私も日本に住んでいるので、普通にBCSは人気作だと思っていました。でも、BCSが話題になるのは、もっぱらSNS上での話。国境のない空間で熱狂的なファンが話しているだけだったのかもしれません。

 

 別の理由として、AMCは他の局と比べてエミー賞のキャンペーンにかけられる予算が少なかったとも考えられます。SNS上では積極的な投稿を行っていましたが、単純に企業規模で考えれば、映画館チェーンが主体のAMCは、ハリウッドの5大スタジオやシリコンバレーのビッグIT企業とは時価総額が1桁か2桁少ないです。ワーナー・ブラザース(HBO)やディズニー、あるいはNetflixやAmazon、Appleよりもプロモーション費用があるとは到底考えられません。

参考記事:Emmys Analysis: How Did 3 Shows Manage to Sweep Their Genres? – The Hollywood Reporter

 

 ついでに言うなら、BCSがBrBaのスピンオフであることも、決して有利には働かなかったでしょう。それは、スピンオフであるからというよりは、BrBaを観てからでないとBCSを観られないという回りくどさゆえです。年間約600作品が出回る時代に、新シーズンに追いつくまでに10シーズンかかるドラマは、どうしても重荷と捉えられかねません。

 

 それでも、エミー賞会員であればそのくらいことはするだろう、なんならBrBaは観ていて当たり前ではないか、と考えたくもなります。でも、エミー会員は2万3千人います。それほど意識が高い人ばかりの集団ではないと思うのです。みんな忙しそうだし。

 

 

エミー賞を獲らなかった傑作たち

 BCSの53ノミネート0受賞というのは極端な記録ですが、過去にもエミー賞を受賞したことがないどころか、ほとんどノミネートすらされていない傑作ドラマというものがあります。

 

『THE WIRE/ザ・ワイヤー』2002~2008年

脚本賞に2回ノミネートされたのみ。IMDbでは歴代6位の9.3点という超高評価を得ており、最近でもオールタイムベストラインキングで最上位に挙げられることが多い。

 

『フィラデルフィアは今日も晴れ』2004年~

スタントコーディネート賞に3回ノミネートされたのみ。IMDbでは8.8点という評価を得ており、現在までにシットコム史上最長の16シーズンが放送されている。

 

 他にも個人的な意見を含めるならいくらでもあります。近年では最も笑えるシットコム『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』は、エミー賞で21ノミネートを果たしたものの、受賞は衣装賞1回のみ。『シリコンバレー』は通算40ノミネートを獲得したものの、受賞したのは技術系の2部門のみ。『シャープ・オブジェクツ』の8ノミネート0受賞、『ホルト・アンド・キャッチ・ファイア』の1ノミネート、『エクスパンス~巨獣めざめる~』と『ビリオンズ』の0ノミネートだって、納得はできないわけです。

 

 結局のところ、賞レースにはいつだってこういうものが付き物です。アカデミー賞にだって似たような話はあります。賞レースが、本当に優れた作品を正しく評価できるとは限らないということです。

 

 それなら、賞レースの意味とは何なのか。それは、授賞式の冒頭でどんな司会者でも言っていることです。エミー賞の場合は、テレビの良さを称えることです。受賞作品に関してやいのやいの言いながら、色んな作品の話をすることこそが、賞レースの意味なのです。

 

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