If we lose the fight, we lose the streets.
- Wayne Jenkins, We Own This City
海外ドラマをよく観ている人なら、刑事ドラマには少なからず馴染みがあると思います。刑事ドラマに出てくる刑事たちが悪人を逮捕していく様はカッコいいですし、捜査チームのメンバーたちの結束の強さには憧れます。しかし、一歩間違えれば、正義の警官たちは市民の脅威になることがあります。今回は、ボルティモアで実際に起こっていた警官たちの汚職事件を基にしたドラマ『WE OWN THIS CITY-不正と汚職が支配する街-』をネタバレありで語っていきます。
基本データ
- 原題:We Own This City
- 放送局:HBO
- 放送期間:2022年4月25日~5月30日
- 話数:6
- 原作:ジャスティン・フェントンの同名ノンフィクション小説
- 製作:デヴィッド・サイモン、ジョージ・ペレケーノス
- 主演:ジョン・バーンサル
- あらすじ:ボルティモア市警の警官たちが長年、証拠品の現金や麻薬を横領していた汚職事件の実話に基づく。
予告編
*ドラマ『WE OWN THIS CITY-不正と汚職が支配する街-』は、U-NEXTで独占見放題配信中。リミテッドシリーズなのでシーズン2などはありません。
警官たちの支配する街
ドラマの内容は、あらすじやオープニング等でも最初から語られている通り、ボルティモアの警官による汚職事件の話です。全6話で、ウェイン・ジェンキンスを筆頭に、警官たちが何をしてきたのかが明かされていきます。
一番軽い罪は、残業を過剰申告していたことです。警官の給料は税金から出ているので、これだって市民からすれば許しがたいことですが、まだまだ序の口です。次に、彼らは不必要なまでに過剰な量の事情聴取をしています。夜の街を歩いていたら事情聴取。カバンを持っていたら事情聴取。黒人だったら事情聴取。理由なんて何でも良いのです。
これらの事情聴取は、不当逮捕にも繋がります。ちょっとでも警官に口応えしたら、警官に暴行を働いたとして、公務執行妨害の現行犯で逮捕。現金を持っていそうだったら、麻薬を仕込んで、違法薬物所持の罪で逮捕します。ほとんどの場合は、裁判にならずに、翌日には釈放されますが、逮捕数にはきちんと換算されるので、警察にとっては見栄えの良い数字を作るのに役立ちます。
警官たちの最大の罪はここからです。不当逮捕でも何でも、彼らは容疑者からは現金を回収します。犯罪によって得たお金は証拠として徴収することができるからです。本来は、そのお金をすべて証拠保管課などに報告しなければいけませんが、彼らはそうはしません。一部をちょろまかして、自分たちのものにしてしまいます。「どうせ悪い奴らの金なんだから、少しぐらいもらったって構わないだろう?」というわけです。
こういう論理を当たり前のようにぬけぬけと口にするジョン・バーンサルが憎い。つまり、演技が上手い。全編を通して、ボルティモア訛りの独特な英語を話していたのも印象的です。ドラマでは、ウェイン・ジェンキンスが警察に入ったときから、徐々に汚職警官になっていく様を描いていますが、それを演じ切ったジョン・バーンサルは見事。キャリア史上ベストの演技ではないでしょうか。
さて、汚職警官たちがこのような一連の手順を確立させてしまったら、あとは好きなだけ稼ぐことができます。そこらへんの人を事情聴取し、適当な言いがかりをつけて逮捕し、現金や麻薬を奪えば良いだけです。気に食わない奴は、殴り倒してOK。ボルティモアの市民は、警察に守られる存在ではなく、警官たちのATMであり、サンドバッグのような存在になってしまったのです。
2つの語られざる事件
このドラマでは、たびたびフレディ・グレイ事件のことが引き合いに出されています。フレディ・グレイは、2015年に警察によって拘束された黒人青年のことで、彼は警察官によって移送されている最中に脊椎を骨折して死亡してしまいました。警察側は不慮の事故だと主張したものの、検察は6人の警察官を第2級殺人(計画性はないが殺意のある殺人)の罪などで起訴。しかしながら、裁判では、3人に無罪の判決が下り、その後、残りの3人についても検察が起訴を取り下げました。
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フレディ・グレイ事件を受けて、全米では警察に対する抗議デモが行われました。このあたりは、ドラマでも描かれていた通り。一方、警察官の中には逮捕に億劫になる者が続出し、ボルティモアでの逮捕者数は激減。逆に、そんなことを気にせずに逮捕数を稼いでくれる警官は、上層部からも重宝されるようになります。結果的に、このような状況は、ウェイン・ジェンキンスのやりたい放題を助長させたことになります。
ジェンキンスは、何度も連帯意識を促すような発言もしていました。フレディ・グレイ事件の中継を見ているときには、起訴されている警官たちも仲間なのだから支持するべきだと言い、近くにいたチームのメンバーとの連帯を確かめています。刑事ドラマでは、捜査チームの結束が非常に強く、それが良いことであるかのように描かれますが、そのような関係は一歩間違えれば、非常に有害な集団を作ってしまうことがあります。『WE OWN THIS CITY』は、既存の刑事ドラマへのアンチテーゼでもあります。
ジェンキンスは、自分たちが逮捕されてからも、仲間たちに黙秘するように視線を送っています。しかし、彼の仲間たちは所詮、金儲けのための集まりでしかないので、連帯意識のために仲間を守ろうなどとは考えません。その点は、ジェンキンスの誤算だったと言えるでしょう。
かつてのジェンキンスの仲間だったスーター刑事は、まだ捕まってはいませんでした。FBIによれば、あくまでも参考人扱いであり、起訴するつもりなどはなかったようです。しかし、スーター刑事は、自責の念に駆られていました。ジェンキンスたちの悪行に比べれば、スーター刑事のやったことなど可愛いものですが、刑事であるならば、その程度でも絶対にやってはいけないことだったのです。
スーター刑事の事件は、実際にはまだ真相が明らかになっていないようです。ドラマの中では、自殺として扱われていましたが、殺人の線もゼロではないようです。この事件については、U-NEXTで配信中のHBOドキュメンタリー『SLOW HUSTLE-汚職裁判前日に殉職した刑事-』でも扱われています。
誰が見張りを見張るのか?
誰が見張りを見張るのか(Who watches the watchemen?)は、アラン・ムーア原作のアメコミ『ウォッチメン』のテーマとして有名ですが、元々は古代ローマから使われている格言です。警察官、特にガン・トレース・タスク・フォースなど市民と直接関わる警官は、街の見張り役のような立場にありますが、彼らを見張る者はいません。そのせいで、一連の汚職はウェイン・ジェンキンスよりも前の時代からずっと続いてきていました。
今回、汚職を暴いたのは、FBIと公民権局の人々でした。ドラマでは、かなり時系列がぐちゃぐちゃしているので、捜査の全体像がわかりにくいのですが、どうやらこの2つの組織は全く別個に捜査を進めていたようです。協力すれば、もっと効果的に色々なことができそうだったなと思いますが、現実がそうでなかったのなら仕方ありません。
全体を通して重くシリアスなドラマですが、FBIの人たちは盗聴しているときにフルートを吹いていたりするので、ちょっと肩の力を抜くことができました。これがなかったら、本当にずーっと眉間にしわを寄せてドラマを観ていたでしょう。それでも、9割ぐらいの時間はずっと眉をひそめていましたけど。
公民権局の人も、様々な人に聞き込みをして報告書を完成させましたが、これは最終的に無になってしまいます。報告書では、警察vs市民という構図を作り出す麻薬戦争に意味はないと主張しているようでしたが、上層部がそれを聞き入れることはないでしょう。特に、トランプ政権になったら、金輪際無理だと諦めています。デヴィッド・サイモンの前作『プロット・アゲンスト・アメリカ』ほどではないにしても、ここでも強くトランプ批判が展開されています。
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名作『THE WIRE/ザ・ワイヤー』との関連
HBOのドラマ『WE OWN THIS CITY』は、同じくHBOで2002~2008年に放送されたドラマ『THE WIRE/ザ・ワイヤー』と強い関連があります。『THE WIRE/ザ・ワイヤー』は、ボルティモアの警察と麻薬組織の攻防を主軸に、警察や政治の腐敗、教育問題、労働問題など様々なテーマを5シーズンに渡って描いたクライムドラマです。今年、放送開始から20周年を迎えましたが、今でもテレビドラマ史上最高傑作と語られることの多い伝説的な作品です。
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『WE OWN THIS CITY』は、ボルティモア・サン紙の元記者であり『THE WIRE/ザ・ワイヤー』のクリエイターであるデヴィッド・サイモンが手掛けたドラマです。他にも、ボルティモア警察で殺人課の刑事をしていたエド・バーンズを含め、ほとんどの脚本家が『THE WIRE/ザ・ワイヤー』にも携わっていたメンバーです。
キャストの中でも、スーター刑事役のジェイミー・ヘクター、警察署長役のディレイニー・ウィリアムズらは『THE WIRE/ザ・ワイヤー』にも出演していました。ちなみに、本作の基になったスーター刑事の事件を扱ったHBOのドキュメンタリー『SLOW HUSTLE』を監督しているのも、『THE WIRE/ザ・ワイヤー』にレギュラー出演していたソーニャ・ソーンです。
内容に関しても両作には共通点がいくつもあります。まず、両方ともボルティモアの警察を舞台にしています。しかも、『WE OWN THIS CITY』は実話が基になっており、『THE WIRE/ザ・ワイヤー』は20年前のフィクションであるにも関わらず、『WE OWN THIS CITY』で描かれていたような汚職や腐敗はすでに『THE WIRE/ザ・ワイヤー』でも描かれていました。これは『THE WIRE/ザ・ワイヤー』が素晴らしい先見性を持ったドラマであることを示すとともに、そのような腐敗がいつの時代にも存在し得ることを表しています。
ドラマ『WE OWN THIS CITY-不正と汚職が支配する街-』と『THE WIRE/ザ・ワイヤー』およびドキュメンタリー『SLOW HUSTLE-汚職裁判前日に殉職した刑事-』は、U-NEXTで独占見放題配信中です。