クリストファー・ノーラン監督の最新作『TENET テネット』を観て参りました。ストーリーの解説とかはしませんが(というか私には出来ませんが)、現役で物理を専攻している人間として物理のお話はしていけるかなと。あと、ノーランファンの端くれでもあるので、ネタバレ感想も。
『テネット』基本データ
・原題:TENET
・公開日:2020年9月18日(日本)
・上映時間:150分
・監督・脚本:クリストファー・ノーラン
・キャスト:ジョン・デヴィッド・ワシントン、ロバート・パティンソン、エリザベス・デビッキ、ケネス・ブラナー
・あらすじ:
ある男が、時間を逆行する技術を持つ武器商人のセイターから世界を救う。
・予告編:
物理のお話
私、実は物理専攻なので、物理学のお話は好きです。ノーランと言えども、物理専攻の学生でもわからないような物理の設定は盛り込みませんから、基本設定に関しては私も十分に飲み込めました。他のブログ・サイトでも沢山書いてあるかとは思いますが、ここでも一応書いておきます。
①エントロピーと時間の矢
まず、エントロピー。エントロピーとは、熱的な乱雑さを表す値ですが、とりあえずこの定義は無視して良いです。大事なのは、熱力学の第2法則では、エントロピーは必ず増大するか一定かしかないということです。減少することはありません。これは、自然界の法則なので絶対です。
時間の矢という言葉もあるのですが、これは時間の方向を表す概念です。普通は、時間は進むだけなので、この方向が時間の矢の向きになります。したがって、エントロピーは時間の矢の方向に沿って増大するとも言い換えられます。逆に、エントロピーが増大する方向に時間の矢の向きが定まるという考え方もあります。いずれにしろ、「エントロピーの増大」と「時間の矢が進む向き」は同じだと考えてもらって構いません。
『テネット』の序盤で「銃弾のエントロピーを減少させる」とか言っていましたが、つまり「時間を逆行させる」と言っているのと同じです。ちょっと難しい言葉を使ってみただけです。
②逆行装置と反物質
エントロピーの話はその程度で、さほど難しくはありません。むしろ気になったのは「陽電子」とか「対消滅」という言葉です。陽電子とは、電子の反物質のことです。対消滅とは、ある物質とその反物質が衝突にしたときに、両者の質量がすべてエネルギーに変換されて消滅する現象のことです。「陽電子が時間を逆行している」という話もあったので、おそらくあの時間逆行装置は、中のものを反物質に変える装置なのでしょう。
じゃあ、その装置から出てきた反物質人間は、外の空気の分子と反応して即座に対消滅を起こして爆発するじゃないかと考えた方。その通りです。ただ、『テネット』の世界では元の物質と反応しない限り、対消滅は起こらないようです。よって、時間を逆行している人が、時間を逆行する前の自分に触れたらアウトです。(『テネット』の世界ではCPT対称性が保たれてそうだなとか思ったけど、そこまではわからないから深入りしない)
飛行場の場面では、元の男と逆行した男が乱闘するシーンがありました。ここで、2人が直接触れるようなことがあったら、たちまち対消滅が起こってしまうところでした。しかし、逆行マンは防護服のよう全身を覆っていたので、なんとかセーフです。
反物質については、『天使と悪魔』などにも出てくるので、聞いたことがある方もいると思います。よく言われるのは、反物質とは普通の物質と電荷のみが異なる物質だということです。実はこのことは、数学的には電荷は同じだけど、時間を逆行する物質と同じことです。
しかし、だからといって反物質が時間を”実際に”逆行する物質なのかと言われると、それはまた別の話。結論を言うなら、わからん(笑) というか、たぶんどっちでも良いんでしょう。数学的には、電荷が逆であること=時間を逆行することだから。要は、解釈の仕方が違うだけです。すごくもやもやする説明だし、自分でもそう思います。
でも、物理学者のリチャード・ファインマンの名言にもあります。「もしも量子力学を理解できたと思ったならば、それは量子力学を理解できていない証拠だ」って。量子力学を、数学的には理解することが出来ても、いざ実際にどうなのかと考えるのはとてつもなく難しいことなのです。
少なくとも『テネット』においては、あの逆行装置は中の物質を反物質にする機械であり、この反物質は”実際に”時間を逆行する物質なのです。
『テネット』ネタバレ感想
私は、ノーランはプロット師だと思っています。何か面白い設定やプロットを思いつき、それを最も面白く見せるには監督として映画を撮るのが良いだろうと考えている人なのです。何か伝えたいことがある、というわけではなく、とにかく「こういうプロットをやりたいんだ」というものが先にあるように感じます。こういう映像作家って、他にいないから凄く面白いです。
そして、今回の『テネット』。これまで『メメント』でも『インセプション』でも『インターステラー』でも、話がわからなくなるということはなかったのですが、『テネット』はわからん(笑) キャットがセイターから撃たれる場面から、頭がこんがらがっちゃって、もう大変。
大筋の話は、典型的なスパイ映画と同じなので、難しくはありません。武器商人のセイターが世界を崩壊させようとするので、それを主人公の2人組が阻止しようというのです。プロットが入り組んでいる分、メインのストーリーは単純な方が好ましいですからね。セイターの「俺が死ぬなら、世界も道連れだぁ!」という動機はめちゃくちゃですが、そんなものはどうでも良いのです。とにかくプロットが勝負ですから。
このプロットはとても難しいけど、よく思いついたなぁと感心してしまいます。同じ場面を別の視点から見せるというのは『バック・トゥ・ザ・フューチャーPart2』とかでもありますが、『テネット』では逆再生にしちゃうんですから。伏線も序盤からいくつも張り巡らされ、猛烈に頭を使う展開になっています。
時間を逆行する人がガスマスクを着けていなければならない、というのはせめてもの救い。これが科学的に根拠があるのかは微妙だけど(なさそうな気はするけど)、順行する人と逆行する人とを見分ける一つの目印にはなりました。
一番面白かったのは、カーチェイスのシーン。最初の普通再生のときと逆再生の視点とで、物語が変わってくるあたりは特に面白い。車がひっくり返り、バッグは宙を舞い、爆発は吸熱反応になるなど、映像にもアイデアが見られて、とてもエキサイティングなシーンでした。
『テネット』は、ストーリーのあれがどうこうというよりは、逆再生による映像や物語の変化を体験する映画だと思ったので、正直これ以上あまり語れることもありません。『テネット』を例えるなら、未体験のジェットコースターという感じでしょうか。飾りも派手な演出もさほどないけど、純粋にその未知の乗り心地を楽しむ乗り物。
映像では『インターステラー』の方が面白いし、登場人物の心理では『メメント』や『インセプション』の方が面白い。でも、プロットで楽しませる映画はそもそもほとんどない。『テネット』はその点、複雑なプロットだけど、とても巧みで面白い斬新な映画だと思います。私としては、十二分に満足させていただきました。
ちなみに、海外ドラマで『ウエストワールド』っていうのがあるんです。このドラマは、『メメント』から『インターステラー』までクリストファー・ノーランと一緒に脚本を書いていた弟のジョナサンが脚本を書いています。これまた、とんでもないプロットをが炸裂しているので、未見の方はぜひ観てみて下さい。
そういえば、エリザベス・デビッキが『ナイト・マネジャー』での役と全く同じでしたね。『ナイト・マネジャー』は、トム・ヒドルストン演じる男が潜入スパイとして武器商人に挑むドラマです。この武器商人の妻を演じるのがエリザベス・デビッキで、こちらでも虐げらていたのです。可哀そう。デビッキ主演のスパイものとか作ってくれないかな。それでも、『ナイト・マネジャー』でのエリザベス・デビッキの美しさも際立っていて、トム・ヒドルストンも異常にセクシーなので、こちらもぜひ。
ちなみに、この記事のタイトルの「後方伸身宙返り4回ひねり」は、体操競技の床の「シライグエン」という技の正式名称です。なんとなく『テネット』っぽさがありませんか?