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完全な虚構の末にたどり着く境地『リハーサル ‐ネイサンのやりすぎ予行演習-』感想

You're an awful, awful person.

- Kor (to Nathan), The Reheasal season 1 episode 1

 

 人生では、やらなければいけないけど、やるのに勇気が必要な場面がしばしばあります。親しい人に何かを打ち明けなければならなかったり、絶対に失敗できない一発勝負のことだったり。

 

 悩める私たちに、ネイサン・フィールダーはある提案をします。「だったら事前に入念なリハーサルをしておけば良いじゃないか!」。ということで、ネイサンは依頼人のために、人生の重要な局面のリハーサルをする機会を提供します。この試みは果たして成功するのか!?

 

 今回は、U-NEXTで独占見放題配信中のHBOドキュメンタリーシリーズ『リハーサル-ネイサンのやりすぎ予行演習-』の感想です。

 

↓ ポッドキャスト版「海外ドラマパンチ」でも、『リハーサル -ネイサンのやりすぎ予行演習-』のトークを展開中!Spotify, Apple Podcasts, Amazon Music等でも視聴することができます。

 

基本データ

  • 原題:The Reheasal
  • 放送局:HBO
  • 放送期間:2022年7月15日~8月19日
  • 話数:6(シーズン2の製作も決定)
  • クリエイター:ネイサン・フィールダー

予告編

youtu.be

 

以下、ネタバレを含みます。

 

 

真実の告白

 ネイサン・フィールダーの壮大な社会実験は、シンプルなアイデアが基になっています。これから起こる重要な局面のために、入念な予行演習をしておこうというわけです。起こりうるあらゆる出来事を想定し、それらすべてに対しての反応を事前に準備しておけば、失敗するはずがありません。心理的にもだいぶ自信が持てて、安心できるはずです。

 

 第1話では、クイズが趣味の男性が依頼人として登場します。彼は、クイズ仲間に対して、学歴を誤魔化しているような状態になってしまっているので、そろそろ正直に告白したいと言います。しかし、クイズ仲間の中には、気分が高ぶりやすい女性がおり、彼はその女性の反応が心配で打ち明けられずにいます。

 

 そこで、ネイサンは役者を雇って、打ち明ける相手の女性を完コピさせます。さらに、打ち明ける舞台となるバーのセットも作り、エキストラも用意します。HBOの予算が成せる業ですね。これなら、当日の様子とそっくり同じ場面が作れるはずです。早速、2人は練習を始めます。

 

 リハーサルは、バーに入るところからバーを出るところまで、すべての場面に関してあらゆるパターンを想定して、入念に行います。大体順調そうでしたが、問題が一つ。依頼人はクイズが好きすぎるので、クイズをやっている最中は完全に意識がそっちに向いてしまいます。

 

 それは困ると思ったネイサン。事前に当日のクイズの答えを入手しましたが、これを彼に直接教えるのは嫌がられてしまいます。ということで、彼の日常の中にクイズの答えを仕込んでおきました。例えば、発砲事件の現場にいる警官は「こんな事件が起こってしまうとは。拳銃に使われている火薬をそもそも中世に発明した中国を恨むね」と語りかけてきます。とっても自然で、日常的な会話ですね。

 

 当日は、リハーサルのおかげもあってか、依頼人は無事に打ち明けるべきことを打ち明けることができました。これにてハッピーエンド。かと思いきや。事後インタビューが衝撃的でした。ネイサンが、クイズの答えをしれっと教えていたと告白すると、依頼人は激怒します。

 

 バーでの告白がそんなに重要なら、クイズの1回ぐらいズルをしたって良いじゃないかと思う人もいるでしょう。でも、彼にとってはそうではないのです。クイズでズルをしないことは、彼が人生で最も重んじている考えの一つです。その信条を、ネイサンが勝手に破ったことが許せないのです。

 

 その気持ちはわからないでもありません。私自身は、そこまで大事にしている信条はないのですが、もしあったとしたら嫌でしょうね。このせいで、ネイサンは一転、悪役になってしまいます。

 

子育ての練習

 第2話からは、子育てのリハーサルが始まります。リハーサルの規模は、さらに大きくなります。郊外に家のセットを作り、依頼人の女性はそこに数週間住んで、年齢の異なる子役を1人の子どもと見立てて育てていきます。子役は1日中仕事をすることはできないので、ときどき入れ替わります。第2話の冒頭で、スタッフが、赤ちゃんをこっそり取り換えているときは、まったく何事かと思いましたよ。怖かったぁ。

 

 第3話からは、ネイサンもリハーサルに加わります。ここから、話はどんどん変な方向に進んでいきます。ネイサンは、このリハーサルの仕掛け人です。だから、何が起こるかをすべて知っています。その上で、この環境が現実のものだと思い、子育ての疑似体験をしようというわけです。

 

 この子育てのリハーサルは、それが成功したかどうかを直接確認することはできません。なぜなら、第1話のケースとは異なり、現実の子育てが成功するかどうかを見ることができないからです。そのため、このリハーサルの焦点は、これによって人生が上手くいくかどうかというよりは、どれほど現実に近い体験をすることができるかというところにあります。

 

 郊外の家で、様々な年齢の子役を相手に子育て体験をするというだけなら、まだ常識の範囲内かもしれません。でも、体感時間を子どもの成長速度に合わせるため、畑に植えた野菜の苗を買ってきた野菜に植え替えたり、家の周りに雪を降らせたり、鏡に映る自分が老けた姿になる細工を施すところまでくると、常軌を逸している感じもします。現実を模倣することへの執着がとんでもない。

 

フィールダー・メソッド

 ところで、ネイサンはロサンゼルスで演劇教室を開くことにしました。そこで提唱したのが、フィールダー・メソッドなる演技法。対象の人物の日々の一挙手一投足をすべて真似するという手法です。ある程度だったら、どんな役者でも知人の真似をしたりして演技の練習をしたことがありそうなものですが、フィールダー・メソッドは程度が違います。ネイサンは、受講生のために対象人物と同じ仕事ができるように手配します。さらに、対象人物の私生活も再現してあげたりします。

 

 このおかげで、確かに受講生たちの演技力は向上しました。ただし、その裏では、さらに壮大な計画が行われていました。ネイサンは、受講生の気持ちを知るために、その中の1人の生活を完全に模倣します。その受講生がやった行動は、ネイサンによって繰り返され、さらに別の視点からも繰り返されます。あまりにもシュールな展開に頭が混乱してきます。

 

 演劇教室が終わると、ネイサンは偽の子どもが待っている家に帰ってきます。そのときの子役は、すでに15歳。9年間も家を留守にしておいて優しく歓迎されたことに違和感を感じたネイサンは、あえて辛く当たってくるように指示します。そして、しまいには6歳からやり直したいと言い出します。そう、この現実は、ネイサンの好きなように変えることができてしまうのです。

 

 そうこうするうちに、子育ての相方のアンジェラが、ネイサンのいないときのはリハーサルをサボっていることが発覚。今さらですが、このアンジェラという人は、頭がキリスト教に染まりすぎていて好きにはなれなかったですね。それでいて、真面目かと思いきや、リハーサルもサボっていたので、もうクビですよ。幸いにも、アンジェラは自発的にリハーサルを抜けると言ってくれました。

 

偽物のパパ

 それから、ネイサンの1人疑似子育てが始まります。すると、今度は子役の問題が出てきます。6歳の子役がネイサンに懐きすぎて、ネイサンのことを「パパ」と呼ぶようになってしまったのです。たぶん、彼はネイサンが本物の父親ではないことをちゃんとわかっています。でも、ネイサンが本物の父親であってほしいと心から望んでいるのでしょう。

 

 こうなってくると、ツラくて仕方ない。ネイサンが作り出したフィクションは、ついに現実の子どもに影響を与えてしまったのです。しばらく後、その子はどうやらもう大丈夫そうだとその子の母親から聞かされます。彼女がそう分かったのは、親ゆえの直感だと言います。ネイサンは、この直感を得られるようになれば、本当に疑似子育てが上手くいったことになるだろうと考えます。

 

 9歳の子役とともにその母親の言動をすべて模倣し、最終的にたどり着いたのが「僕はママではなくパパだ」でした。単にネイサンの言い間違えだったのか。あるいは何か深い意味があるのかもしれません。ともかく、シーズン1はネイサンの半ケツを映して終わりました。

 

本当にドキュメンタリーなのか?

 『リハーサル ‐ネイサンのやりすぎ予行演習-』はあまりにも奇妙な番組なので、これがフィクションなのかノンフィクションなのか、わからなくなってきます。でも、これは実際にノンフィクションです。依頼人は本物の一般人であり、出てくる人物たちのリアクションはすべて本物です。

 

 こういった番組が、どこかフィクションっぽく見えるとしたら、それは編集のせいです。撮れ高がなかったところはカットされ、全体で何らかのストーリーが出来上がるように編集します。そのため、出来上がったものだけを見ると、どうも都合の良いことしか起こっていないように見えるのです。

 

 でも、使われていないシーンのことを考えれば、それほど不自然ではありません。第3話で、ネイサンは兄弟の確執を解くためのリハーサルを行っていますが、これは最終的に依頼人が逃げてしまったことで失敗しています。子育てリハーサルのアンジェラも、ネイサンがいないときにはリハーサルをサボっていました。脚本のあるドラマだったら、こんなありきたりで盛り上がりに欠ける展開にはしないはずです。

 

 これ以外の失敗もたくさんあったに違いありません。結局のところ、未使用のシーンは膨大にあります。撮影期間は大体3ヶ月くらいのような印象を受けましたが、そうだとしても、実際に使ったのは3時間に過ぎないのですから。

 

 それでも、登場人物たちが明らかに変な現象に気づかない(日常の中にクイズの答え、初対面のおじいさんと宝さがし)ことが怪しいと思うなら、現実を考えてみれば良いでしょう。どれだけ警告されても詐欺に騙されてしまう人のいかに多いことか。陰謀論にハマってしまう人のいかに多いことか。傍から見れば明らかなことでも、その場にいると、人間は意外にあっさりと偽物に騙されてしまうものです。

 

 だから、もし本物そっくりのセットや役者があったら、それをほとんど本物だと信じ込むことだって可能なのかもしれません。たとえ、すべて自分でセッティングしたものだとしても。その答えは、ネイサン・フィールダーのみぞ知るところです。

 

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