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海外ドラマ『マッドメン』が21世紀に生まれた理由

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Just think about it deeply, then forget it, and an idea will jump up in your face.

– Don Draper, Mad Men season 1 episode 11 “Indian Summer”

 

 前回の記事で『マッドメン』のネタバレあり感想を書きました。今度は、さらにディープに『マッドメン』がなぜ面白いのかを考えてみました。軽微なネタバレを含みます。

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ダブルミーニング

 『マッドメン』の一番の醍醐味といえば、その考え抜かれた巧みなセリフの数々です。特に、ダブルミーニングのようなセリフが非常に多くあります。ダブルミーニングとは、一般に1つの文章やセリフに2つの意味を持たせる表現技法のことを言います。

 

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 例えば、シーズン6最終話のエレベーター前でのシーン。エレベーターに乗ろうとしたドンは、近くにいた男性に「Going Down?」と聞かれます。その場面だけを取り出しても、大した意味はありません。ドンが、エレベーターで降りるかどうかを聞いているだけです。

 

 しかし、その直前の背景を考えると、このセリフも違った意味を持ってきます。ドンは、顧客とのミーティングで泣き出すという失態をやらかしたために、停職を言い渡されていました。このタイミングでのGoing Down?は、ドンが人生における落ち目に向かっていることを暗示している気がしてなりませんでした。

 

 他にも、ダブルミーニングやほのめかしは数多くのセリフに含まれています。洒落たセリフの数々は、すべて写経したくなるほどです。

 

シニカルなユーモア

 『マッドメン』には、ちょっと堅苦しそうなイメージがあり、実際に真面目な話が多いのですが、ときにコメディ要素がぶち込まれることもあります。そう、”ぶち込まれる”のです。

 

 例えば、シーズン2では、何の前触れもなく唐突にズボンのチャックでモーツァルトを演奏し始めていました。それはズルい。面白すぎる。真面目そうなドラマで、いきなり変なことをやるのが一番面白いんだから。

 

 それほど爆笑シーンでなくても、広告屋は皮肉屋も兼業しているらしく、しばしば気に利いたシニカルな言葉が飛び出します。やり過ぎると、ミーティングで顧客を失いかねないわけですが。

 

 その関連で、妙に印象に残っている言葉があります。シーズン4第9話で、スターリング・クーパーの秘書だった高齢の女性が、仕事中に突然亡くなってしまいます。その騒動の中で、バートが言った次のセリフです。

 

She was born in 1898 in a barn.

She died on the 37th floor of a skyscraper.

She's an astronaut.

 - Bertram Cooper, Mad Men season 4 episode 9 "The Beautiful Girls"

 

 翻訳すると「彼女は1898年に納屋で生まれ、高層ビルの37階で死んだ。彼女は宇宙飛行士だ」といった意味になります。不謹慎なのかもしれませんが、状況を言い得た絶妙な表現なので、気に入っています。

 

↓ 劇中でドン・ドレイパーはほとんど笑いませんが、彼を演じるジョン・ハムは実はとっても面白い人。ドラマ『アンブレイカブル・キミー・シュミット』、映画『TAG タグ』など、コメディ作品への出演も多くあります。極めつけは、ベティ役のジャニュアリー・ジョーンズと踊るBye Bye Birdie。ギャップが堪らない!

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ドン・ドレイパーとジェームズ・ボンド

 2021年10月2日。待望の映画『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』が公開されたので、映画館に観に行きました。自分は、007シリーズが大好きなので、いたく感動して目を潤ませながら見終わったわけです。

関連記事:映画『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』感想:新時代のジェームズ・ボンド完結編 - 海外ドラマパンチ

 

 その頃、観ていたドラマは『マッドメン』シーズン5。翌日には、さすがに007の余韻も収まっていたので、続きを視聴していました。すると、シーズン5最終話のラストシーンでナンシー・シナトラの歌声が聞こえてくるではありませんか。それは、1967年の映画『007は二度死ぬ』のテーマ曲You Only Live Twiceでした。心が躍りましたよ。

 

 『マッドメン』のエンディング曲は、いつも秀逸です。You Only Live Twiceも、ジェームズ・ボンドよりは、むしろドン・ドレイパーにぴったりな曲だと気づかされました。一度、名前を変えることで人生の再スタートを切ったドンは、まさに二度生きているような存在なのですから。

 

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 やがて、ドン・ドレイパーとジェームズ・ボンドには少なからぬ共通点があることを考え始めました。初代007のショーン・コネリーがスクリーンに登場したのは1962年のこと。一方、『マッドメン』の舞台も1960年代です。ジェームズもドンも、それぞれスパイと広告の業界で成功を収めており、数多くの女性と浮名を流しています。2人とも、スーツもビシッと着こなすことでも知られています。

 

 ドン・ドレイパーは2007年に生まれたキャラクターです。007シリーズは、映画としては1962年に始まっていますが、こちらも2006年に大きな変化が起きています。ダニエル・クレイグによる6代目ジェームズ・ボンドの1作目『007 カジノ・ロワイヤル』で、それまでのシリーズの設定はリセットされ、再スタートを切りました。

 

 一方は、60年代から続く人気キャラクター。他方は、わざわざ21世紀に新しく生まれた60年代のキャラクター。クレイグ版『007』シリーズと『マッドメン』には、共通した大きなテーマが一つあります。60年代的な古い価値観に基づく有害な男らしさです。

 

 『マッドメン』は、ドンや他の広告マンたちを主軸に、彼らがいかに無自覚で傲慢な考えを持っていたかを描き出します。それは、当時としては普通の価値観だったのかもしれませんが、正直今見ると引いてしまうほどだったりします。それに対して、ジョーンやペギーなど、女性たちが社会進出をしていこうとする様子も描かれています。

 

 クレイグ版『007』5部作は、時代設定は21世紀なのですが、ジェームズ・ボンドは相変わらず古臭い価値観で生きています。特に、3作目『スカイフォール』以降、彼の老いは顕著に見られ、時代に遅れていっている様が描かれています。5作目『ノー・タイム・トゥ・ダイ』では、女性エージェントも登場し、マドレーヌ・スワンはこれまでのいわゆる”ボンドガール”とは全く異なる役割を果たします。

 

 アプローチの仕方は違えど、両作品とも60年代では典型的だった男らしさの没落をテーマとしています。特に『マッドメン』は、60年代を舞台にして古風な雰囲気をあえて作っているドラマです。しかし、その内容は現代にならなければ絶対に作られなかったものでしょう。

 

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