地球に小惑星やら彗星やらが落ちてくるディザスター映画はたくさんあります。そういった映画の中では、NASAや政府が頑張って人類を救おうとします。しかし、私たちの政府は、はたしてそんなにまともなのでしょうか?アダム・マッケイは疑問を投げかけます。
映画『ドント・ルック・アップ』基本データ
・原題:Don’t Look Up
・配給:Netflix
・上映時間:138分
・監督-脚本:アダム・マッケイ
・音楽:ニコラス・ブリテル
・キャスト:レオナルド・ディカプリオ、ジェニファー・ローレンス、メリル・ストリープ、ロブ・モーガン、ケイト・ブランシェット、ジョナ・ヒル、ティモシー・シャラメ、タイラー・ペリー、マーク・ライランス、ロン・パールマン、アリアナ・グランデ
・予告編:
ネタバレあらすじ
物語は、大学院生のケイト・ディビアスキー(ジェニファー・ローレンス)が、ある彗星を発見したことから始まる。教授のミンディ博士(レオナルド・ディカプリオ)と軌道計算をしたところ、その彗星は地球に向かってきていることが発覚した。6ヶ月後には、地球に衝突し、人類および地球上の全生命は滅亡するそうだ。
さすがに重大事なので、2人は大統領に報告することに。長い待ち時間の末にやっと大統領(メリル・ストリープ)に報告したところ、とりあえず静観するようにとの判断が下された。3週間先に選挙があるので、余計なことはしたくなかったらしい。
地球存亡の危機であるにも関わらず、何もしないという判断をした大統領に怒った2人は、マスコミに垂れ込むことにした。翌日には、朝のワイドショーに出ることになる。しかし、暗いニュースでも明るく伝えるのがアナウンサーの役割と心得る2人(ケイト・ブランシェット&タイラー・ペリー)の前で、彗星の話がまともに受け取られることはなかった。
その後、大統領の戦局が不利になってきたため、やはり支持率アップのために彗星対策をすることになる。動機が不純とはいえ、きちんと対処してくれるならそれで良し。ロケット発射も成功し、これで何とかなるだろうと思った矢先、なんとロケットが地上に引き返してきた。
その裏には、巨大IT企業の社長(マーク・ライランス)がいた。彼によれば、彗星には希少鉱物が多量にあり、とても価値があるから破壊してはもったいない。細かな破片に分解して、地球に落下させ、それを回収するべきだというのだ。この提案にミンディ博士は激怒するも、政府はその方針で進んでいくことになった。
ここからは、ミンディ博士&ケイトたちが彗星を破壊しようと人々に主張し、大統領とピーターの会社は彗星を守ろうと主張していく。最終的にどうなったかは、映画を観た方ならば知っての通り。なお、エンドロールの後にも映像があるので、お忘れなく。
ネタバレ感想
①アルマゲドン×社会風刺
設定は、さながら『アルマゲドン』や『ディープ・インパクト』のよう。こういった映画の登場人間の中には、たいてい1人ぐらいはヒーローがいるので、最終的には救いがあります。でも、現実にはそんなことはないのかもしれません。『ドント・ルック・アップ』は、従来のディザスター映画に真っ向から挑戦していきます。
まず、政府が動こうとしません。いくら証拠を出されても、大統領は動じません。選挙間近ということもあって、何よりも大事なのは自分の支持率です。支持率が上がるようなら彗星衝突の対策をしますが、そうでなければ彗星のことは無視です。人類存亡の危機のときに、これほど利己的な大統領が、かつてハリウッド映画に出てきたでしょうか。
彗星に動じないのは、大統領だけではありません。世間も動じません。テレビ局にとって最も大事なのは視聴率。セレブカップルの破局の方が話題を呼ぶのであれば、彗星の話なんかどうでも良いのです。所詮は、ワイドショーの笑いのネタにしかなりません。
とはいえ、正直、このあたりがマスコミ批判なのか、あるいはゴシップ好きな世間への風刺なのかはよくわかりませんでした。マスコミ批判にするなら、新聞社に持ち掛けた時点で、ケイトとミンディ博士はもっと雑な対応をされているべきです。世間への批判であるならば、それは少々見当違いに思います。コロナ禍のときは、人々は確かにコロナのことを気にかけていました。コロナよりもさらに巨大な危機である彗星のニュースが報じられたら、人々はなおのこと注目するはずです。
②民衆の分断
その後、大統領の個人的都合で、ロケットが発射されることになりました。良かった。これで一安心。と喜んだのは束の間、ロケットは異例の引き返しをしてきます。大企業の社長が「レアメタルがあるから採ろうぜ」と言うのです。
この状況は、バーでのケイトの発言がすべてを言い表している通り「金持ちどもが彗星を地球に落として、さらに金持ちになろうとしている!」わけです。ここから、民衆は「彗星を破壊すべき派」と「彗星を地球に落とすべき派」と「そもそも彗星なんて存在しない派」に分断されます。アメリカ政府は、2つ目の方針で突き進んでいきます。
これは、大統領選の際に世論が二分されたアメリカの状況を指しているようです。また「そもそも存在しない派」は、コロナ禍の中で「コロナはただの風邪」と主張していた人々を思い出させます。映画は、明白な証拠があるにも関わらず、それをまともに受け取ることができないために陰謀論に逃げる人々を揶揄しています。
「彗星を地球に落とすべき派」の某企業は、彗星を分解させるドローンを開発しています。しかし、どうやら反対意見を出す科学者を次々と解雇しているようです。そんなことで、まともな装置が開発できるわけはありません。案の定、計画は失敗。地球は破滅の運命を逃れられませんでした。
一方、そもそも政府の計画に全く期待していなかったケイトやミンディ博士たちは、家で最後の晩餐を楽しんでいました。その後、全員が亡くなってしまいました。同時に、世界中の人類以外のすべての動植物も死んでしまいました。
ロケットで脱出して生き残ったのは、この計画を主導し、地球を滅亡に導いた金持ちばかり。そもそも、金持ちは何があっても自分の身だけは安泰です。だから、レアメタルを採掘するなどという狂気の計画を実行に移せたのでしょう。犠牲になったのは、もっぱら計画に反対していた人々や、政府に踊らされていた人々ばかり。最後に、強烈な風刺が効いてきます。
③風刺コメディとしては弱い
『ドント・ルック・アップ』が目指しているのが風刺コメディであるのは間違いないと思いますが、それにしては全体的に風刺が弱いと感じることがありました。例えば、マスコミ批判なのか世間への風刺なのか不明な場面については、すでに述べた通りです。
また、この映画には、コメディ要素にもディザスター要素にも関係なく、無駄と感じられるシーンがいくつかあります。例えば、アリアナ・グランデのコンサートのシーン。一体、どういう意味があるのか自分にはよくわかりませんでした。ルックアップ(彗星を破壊すべき)派の支持者として歌っているだけです。曲が感動的なわけでもなければ、風刺にもなっていません。
↑ アリアナ・グランデとキッド・カディの組み合わせは豪華。なお、この曲の作詞・作曲には映画全体の音楽を手掛けたニコラス・ブリテルも関わっています。ニコラス・ブリテルは、アダム・マッケイの過去作を含め多くの映画音楽を担当していますが、ドラマ『メディア王』ではラップを作曲していたり、幅が広い作曲家だなと思います。
結果的に、映画全体としては風刺が弱く、笑いどころも少なくなっています。もっとキャラクターの嫌らしさを全開にすれば、腹を抱えて笑えるシーンだって作れたのではないかと思います。ディザスター映画の設定は、もっと活用できそうな余地があったので、もったいなく感じました。
映画『ドント・ルック・アップ』総評
『ドント・ルック・アップ』は、従来のディザスター映画の設定を逆手に取った風刺コメディとして、非常にユニークな作品になっています。監督としてのアダム・マッケイの手腕は見事。宇宙スケールの壮大な話と、心の小さな人間たちの話が対比的に描かれています。ときどき挿入される世界の人々や生き物の映像が、愚かな政府や大企業の影響がどこまで及ぶかを端的に示しています。
しかし、風刺コメディとしては毒が足りず、物足りなさを感じます。物語のテンポは良いものの、多くの登場人物とストーリーを処理しきれていません。ときには風刺の対象さえ不明瞭になっていることがあります。終盤のオチは皮肉が効いていて面白かったものの、全体を通しての脚本の完成度はやや不満が残るものでした。